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『Mortal Kombat』など6作品がESRB創設論争の中心に

2026年09月14日 | #ゲーム紹介 | DualShockers

『Mortal Kombat』など6作品がESRB創設論争の中心に

現在ではゲームの映像や広告で対象年齢を示すレーティング表示を目にするのが当たり前ですが、米国でESRB(Entertainment Software Ratings Board)が正式に設立されたのは1994年です。それ以前のゲーム市場には、映画のように内容を基準として年齢区分を示す仕組みがありませんでした。1993年に開かれた暴力表現をめぐる公聴会では、過激な流血描写だけでなく、ゲームをどのように遊ぶのかまでが問題視され、複数の作品がESRB創設のきっかけになりました。

レーティング制度を求める声が高まった背景

1990年代前半、保護者や米国の議員は、子どもが暴力的なゲームに触れることへの懸念を強めていました。特にMortal KombatやDoomは、当時のゲームとしては極めて印象の強い暴力表現を持ち、ゲーム業界を規制すべきだという主張の象徴として取り上げられています。映画にはすでに年齢区分が存在していたため、ゲームにも同様の仕組みが必要だという議論が進み、最終的に業界によるレーティング機関の設立へとつながりました。

この流れの中心となったのが、1993年に開かれたゲームの暴力表現に関する公聴会です。公聴会では作品の内容だけでなく、家庭用ゲーム機やアーケード筐体での遊び方も議論されました。現在から見ると過剰反応に思える部分もありますが、当時はゲームが急速に普及する一方で、子ども向けの玩具なのか、大人向けの娯楽でもあるのかという位置づけが定まっていませんでした。

Mortal KombatとDoomが象徴した過激表現

Mortal Kombatは、ESRBの成立と最も直接的に結び付けられる作品です。1992年にアーケード版が登場し、その後まもなく家庭用ゲーム機にも移植されましたが、当時のパッケージや広告にESRBの年齢表示はありませんでした。公聴会では、Sub-Zeroが相手の脊椎を引き抜くフェイタリティや、Kanoが相手の胸から心臓を取り出す演出が、過度な暴力と流血の具体例として詳しく取り上げられました。

保護者からは、アーケードからMortal Kombatを締め出すべきだという声も上がりましたが、禁止には至りませんでした。その代わり、この作品をめぐる騒動は、ゲームの内容を事前に知らせる仕組みを求める議論を一気に拡大させました。原文筆者は、Mortal Kombatが同世代を代表する重要作になった一方で、その評価を決定づけた要因のひとつが、こうした論争だったと位置づけています。

Doomもまた、業界に対する批判の中心となった作品です。1993年当時、PC向けにはすでに多くの暴力的な一人称シューティングゲームが存在していましたが、Doomはその普及規模が突出していました。原文では、DoomがWindows 95より多くのコンピューターにインストールされていたとされるほど、PCを持つ人なら誰もが知る世界的な現象になっていたと説明されています。

Doomの発売は1993年の公聴会の翌日でしたが、その後も議員が問題視する主要作品であり続けました。1994年に家庭用ゲーム機へ展開されたころにはESRBが正式に導入されており、Doomには血と流血、激しい暴力、強い言葉を理由とする「M for Mature」指定が付けられました。また、同作はこの区分を受けた最初の任天堂向けゲームとされています。

公聴会で取り上げられた4作品

Night Trapは、実写映像を使ったアドベンチャーゲームです。プレイヤーは、裕福で風変わりな一家が所有する家から逃げようとする人物をめぐり、監視映像を確認しながら罠を作動させます。故ダナ・プラトーが出演していたことも話題になりましたが、原文筆者は、現在見ると作品の内容は大げさで滑稽な印象が強く、女性の扱いには問題を感じるとしています。

それでも1990年代の保護者にとっては、Night Trapは強い反発を呼ぶ作品でした。実写映像と若い女性を狙うように見えるゲーム内容が道徳的な不安をあおり、公聴会でレーティング制度を構想する際の中心的な題材となりました。原文筆者は、作品自体の評価とは別に、Night Trapが1990年代のゲームをめぐる騒動を象徴する存在になったと説明しています。

Lethal Enforcersは、1992年に登場したアーケード向けのライトガンシューティングです。作品そのものは、当時競合していたアーケードゲームと比べて特別に優れていたわけではないと原文筆者は見ています。しかし、銃を模したコントローラーを実際に手に持ち、画面上の対象を撃つというプレイ形式が、公聴会で大きく注目されました。

議論の対象になったのは、ゲーム内の暴力描写だけではありません。たとえプラスチック製で本物の銃ではなくても、銃を使う動作そのものが子どもに暴力を体験させるのではないかと問題視されたのです。Lethal Enforcersは、ゲームの表現内容と操作方法の両方が規制論の材料になったことを示す作品でした。

Splatterhouse 3は、1980年代のスラッシャー映画、特にFriday the 13thシリーズから明確な影響を受けたベルトスクロールアクションです。1993年の公聴会で細部まで大きく扱われた作品ではないものの、若年層には暴力的すぎるゲームのひとつとして存在感を持っていました。後から振り返ると、原文筆者はSplatterhouse 3の残虐表現を他の問題作ほど強烈ではなく、比較的おとなしいものだと評価しています。

それでも、当時の基準では子ども向けゲームとして許容しにくい作品でした。原文筆者はシリーズについて、2010年のリブート作には厳しい評価を下しており、3作目で止まっていればよかったのではないかという見解も示しています。これはシリーズ全体への個人的な感想ですが、同作がESRB創設をめぐる混乱の中にあったこと自体は変わりません。

Techno Copは、Amiga、Atari ST、MS-DOS向けに1988年、Genesis向けに1990年に発売されたアクションゲームです。敵が爆発して肉片になる演出を特徴とし、Genesis版では敵の破裂アニメーションや血の表現がさらに強化されました。原文筆者は、発売から時間が経った後に遊んでも、その描写には驚かされたと振り返っています。

同作が重要なのは、単に流血表現が激しかったからだけではありません。発売元Razorsoftが、セガのゲーム機でどの程度の暴力表現が許されるのかを確かめる目的で、意図的に作品を作ったという話があるためです。これは確定した事実としてではなく、原文中でも伝聞として紹介されていますが、ESRBが存在しなかった時代の基準の曖昧さを示すエピソードになっています。

ESRB創設に残った6作品の影響

6作品はいずれも、現在の基準から見れば表現の古さや演出の滑稽さを感じさせるものです。しかし当時は、Mortal Kombatのフェイタリティ、Doomの圧倒的な普及、Night Trapの実写映像、Lethal Enforcersのライトガン、Splatterhouse 3やTechno Copの流血描写が、ゲームを子ども向け商品だけでは捉えられない存在へと押し上げました。

公聴会での批判を受け、ゲーム業界は作品ごとの内容を購入前に判断できるレーティング制度を整備することになります。ESRBは1994年に正式に始まり、以降のゲームには対象年齢や、血と流血、暴力などの内容に関する表示が付けられるようになりました。原文筆者は6作品すべてを同じ意味で評価しているわけではありませんが、これらが90年代のゲームをめぐる社会的反発を可視化し、現在のレーティング制度を形作る議論の材料になったとまとめています。