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任天堂の岩田聡氏、2005年のGDC基調講演で「名刺の上では社長、頭の中ではゲーム開発者、心はゲーマー」と語る

2026年10月30日 | #その他 | DualShockers

任天堂の岩田聡氏、2005年のGDC基調講演で「名刺の上では社長、頭の中ではゲーム開発者、心はゲーマー」と語る

任天堂の元社長である岩田聡氏が、2005年のGame Developers Conference(GDC)の基調講演で、冒頭の一言として「名刺の上では私は社長です。頭の中ではゲーム開発者です。しかし心の中ではゲーマーです」という趣旨の言葉を述べました。DualShockersは、この発言を今日の名言として取り上げ、ゲーム業界の現状と重ねて紹介しています。

基調講演の冒頭で語られた言葉

この言葉は、岩田氏が2005年のGDCで基調講演の最初の言葉として語ったものです。

岩田氏は、日本でいち早く技術を取り入れることを誇りにしていました。同世代の多くと同じくPongでゲームに夢中になり、ゲーム開発に初めて取り組んだのは1970年代のことで、HPの計算機で野球ゲームを作ったといいます。

岩田氏は2002年から2015年に55歳で亡くなるまで任天堂を率えました。記事は、ゲーマーを第一に考える姿勢が、任天堂を今日の巨大企業にする助けになったとしています。

危機の時期に就任した社長

岩田氏が任天堂に加わったのは、会社が危機にあった時期でした。コンソール競争の初期、ゲームキューブはPlayStation 2やXboxに後れを取っており、オンラインゲームに消極的だった点も不利に働いていたと記事は説明しています。

記事によると、岩田氏はゲーマーとしての視点から、任天堂が追うべきなのは単純に遊んで心地よいゲームであり、新作のたびにグラフィックや技術の限界に挑むことではないと見抜いていました。また、任天堂社内の経営側と技術側の意思疎通を改善し、就任前にはなかった共通の土台づくりにも貢献したとされています。

記事は、岩田氏の最大の功績の一つを、操作方法に関する発想の転換だと見ています。SonyとMicrosoftが似た方向性をとる中で、岩田氏の下の任天堂は革新的な入力方法を選びました。ニンテンドーDS、3DS、Wiiの成功は、商業的に振るわなかったWii Uの経験も含めて、Switchの土台になったとの見方です。Switchは現在も生産されているコンソールとして最も売れており、PlayStation 2を上回る勢いだと記事は伝えています。

現在の業界に重なる言葉(DualShockersの見解)

ここからは、原文筆者の意見です。筆者は、ゲームの経歴を持たない堅苦しい経営者に業界が動かされ、しばしば行き詰まっている現状では、岩田氏の言葉がこれまで以上に響くと述べています。

筆者は、主要な授賞式のたびに、大手スタジオの高額で派手な企画が取り上げられるものの、市場の現実やゲームコミュニティの空気から乖離しているように感じられると指摘します。その多くは、強引な課金施策を持つライブサービス型のタイトルで、数年前に他社が当てたものをまねようとしながら、たいていは成功せず、プレイヤーも今は関心を持っていないものだといいます。

筆者は、心からゲーマーであった岩田氏が、ゲームへの思い入れと本物の関心があってこそ、長く影響を残すゲームやコンソールを作れると示したと評価しています。業界が近年でも特に混乱した1年を迎えているとして、岩田氏の情熱が次世代の開発者や経営者を刺激し、流れを変えることを期待すると結んでいます。

岩田氏のそのほかの言葉

記事では、岩田氏のほかの発言も紹介されています。

不満を抱えている人ほど、その話を聞くことが重要になるという趣旨の発言があります。そうしないと何を言っても右から左に抜けてしまい、途中でさえぎって「こういうことでしょう」と言えば、相手が「この人は全然分かっていない」と思うのは当然だといいます。

また、誰かの間違いに気づいても、相手が納得して自分の考え方に収められる形で助言しなければ、その助言は正しくても意味がないとも語っています。

現状維持を続ければ生き残りをかけて戦うことになり、ファンが次第に離れていくという発言も紹介されました。さらに、そのゲームに何が必要かを突き詰めれば可能性が開けるとして、何でも詰め込むのではなく、削ることの創造力を覚えておくとよいという考えも示されています。