← 最新記事一覧

『グランド・セフト・オート』初期開発者が語る、細部へのこだわりと自由な開発環境

2026年08月20日 | #その他 | GamesRadar+

『グランド・セフト・オート』初期開発者が語る、細部へのこだわりと自由な開発環境

『グランド・セフト・オート』初期開発者が語る、細部へのこだわりと自由な開発環境

初代『グランド・セフト・オート』のレベルデザイナーであるポール・ファーリー氏が、同作の開発秘話と成功の要因について語りました。建築家としてのバックグラウンドを持つファーリー氏は、ゲーム業界での経験がないまま開発に携わり、当時のDMAデザイン(現Rockstar North)が持つ自由な開発文化が、ゲームの細部へのこだわりとオープンワールドの魅力を生み出したと振り返っています。

建築家からゲーム開発者へ

ファーリー氏は、建築の学位取得中にDMAデザインの求人に応募し、レベルデザイナーとして採用されました。当時のDMAデザインは、Nintendo 64向けの大作『Body Harvest』と、PC向けの『Race 'N' Chase』という2つのプロジェクトを並行して進めており、ファーリー氏を含む新人デザイナーたちは皆『Body Harvest』への配属を希望していたといいます。しかし、彼らは最終的に『Race 'N' Chase』プロジェクトに配属され、これが後の『グランド・セフト・オート』の原型となりました。

『グランド・セフト・オート』誕生の経緯

『Race 'N' Chase』は、リードプログラマーのマイク・デイリー氏が開発していた、見下ろし視点の都市景観を生成するエンジンを基盤としていました。当初は横視点への変更も検討されましたが、同僚との会話を経て、現在の見下ろし視点へと発展。ファーリー氏は建築の知識を活かし、道路や建物といった都市の2Dマップを作成し、それを3D都市へと変換する作業を担当しました。リバティーシティ、バイスシティ、サンアンドレアスといったゲーム内の都市は、それぞれニューヨーク、マイアミ、サンフランシスコをモデルにしており、セントラルパークやブルックリンといった実在の場所を彷彿とさせるエリアも含まれています。

自由な開発と細部へのこだわり

ファーリー氏は、『グランド・セフト・オート』の開発が非常に自由な環境で行われたと述べています。「アート部門の責任者からのいくつかの指示以外、具体的な作業指示はほとんどなかった」とのこと。開発チームは手探りでゲームを作り上げていき、その冒険心と自由な精神が最終的なゲームにも反映されたと考えています。また、開発中に32ビットグラフィックへの移行が決まり、アートチームは2週間かけてゲームのタイルやスプライトを全て描き直した結果、より明るくカラフルなゲームになったといいます。ファーリー氏は、ゲームが成功した理由の一つとして「細部へのこだわり」を挙げており、「誰も『ノー』とは言わず、何でも実現可能だった」と当時の開発体制を振り返っています。

シリーズの進化と影響

1997年にPC版が発売された初代『グランド・セフト・オート』は、その自由度の高さとカラフルな世界観で高い評価を得ました。しかし、暴力的なテーマを美化しているとして、一部のメディアからは批判も受けました。その後、続編の『グランド・セフト・オート2』では、ギャング間の抗争を軸にしたミッションが導入され、シリーズの定番要素となっていきます。2001年に発売された『グランド・セフト・オート3』は、3Dオープンワールドの基礎を築き、ゲーム業界に大きな影響を与えました。その後も『バイスシティ』や『サンアンドレアス』といった作品で、舞台設定やゲームプレイに新たな要素が加えられ、シリーズは進化を続けています。