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『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』好きなゲームを繰り返し遊ぶ時間は無駄ではない

2026年09月08日 | #その他 | Game Informer

『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』好きなゲームを繰り返し遊ぶ時間は無駄ではない

新作が次々と登場する状況でも、好きなゲームを何度も遊ぶことには、それだけで十分な価値があります。原文筆者は、2025年のゲームシーンを追いながらも、空いた時間に2017年の『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』へ戻ってしまう自分を通じて、趣味を「消化すべきリスト」ではなく、純粋に楽しむものとして捉え直しています。新しい作品を遊べていないという罪悪感よりも、そこから得られる喜びを重視すべきだというのが、この記事の主張です。

新作を追うほど強くなる「遊べていない」焦り

原文筆者は、ゲームにとって忙しい年を過ごしていると説明しています。新しいNintendoのコンソールが登場し、実際に触れた内容を心から気に入っているClair Obscur: Expedition 33やDoom: The Dark Agesでさえ、まだクリアできていません。さらに、遊びたいと思っている新作が少なくとも3本分、手つかずのまま残っている状況です。それでもここ数週間、自由な時間にゲームを起動すると選んでいたのは、発売から時間のたった本作でした。

本作が原文筆者にとって最も好きなゲームであることに加え、Nintendo Switch 2版ではパフォーマンスが大きく向上し、2025年に改めて遊ぶ体験も改善されたとしています。とはいえ、ハイラルへパラセールで戻るたびに、別のゲームを遊ぶべきではないかという後ろめたさが湧いていました。頭の中では「新しい作品を優先するべきではないのか」と問いかける声が聞こえ、好きなゲームを選ぶこと自体が、やるべきことから逃げているように感じられたといいます。

その背景には、原文筆者がゲームメディアの仕事に携わっていることもあります。その立場から、毎年登場する新作を把握しておかなければならないという、職業上の義務感を抱いていたとのことです。しかし、過去のお気に入りを再び遊ぶことへの複雑な感情を考えるうちに、原因は仕事だけではないと気づきました。

SNSが生む「最新作を逃したくない」感覚

SNSの時代には、映画、配信作品、ゲームを問わず、その時点で最も話題になっているエンターテインメントを体験するよう絶えず促されます。最新作を見ていないと、会話に参加できないだけでなく、作品について語られる瞬間そのものを逃したように感じてしまいます。ネタバレを避けたいならSNSを見なければよかったのに、と言われることもありますが、いまや最新の文化に関する議論へ加わること自体が、作品を楽しむ体験の一部になっていると原文筆者は捉えています。

原文筆者は、映画Sinnersを劇場公開から数週間後に見た経験を挙げています。その結果、SNS上で盛り上がっていた最も楽しい会話に参加できず、鑑賞を先延ばしにしたことを後悔したそうです。作品を見終えたあとであっても、もっと早く見ていればよかったと感じました。特に、遠くに住む友人と連絡を取る主要な場所がSNSである場合、そこで話題を占有している作品を知らないことは、単に流行に乗り遅れる以上の意味を持ちます。友人たちと共有できる話題を逃す不安、いわゆるFOMOが、最新作を追い続ける圧力をさらに強めるためです。

ただし、この罪悪感はSNSだけから生まれるものではありません。原文筆者は、子どもの頃から、自由な時間にゲームをする以外のことをすべきだと言われ続けてきた経験にも触れています。その感覚が、大人になってからは「一度体験したエンターテインメントに時間を使うべきではない」という形で残っているのではないかと考えています。

すでに知っている作品へ戻る意味

数年前、原文筆者はお気に入りのエンターテインメントシリーズのひとつであるマーベル・シネマティック・ユニバースを最初から最後まで見直しました。すでに見た作品に膨大な時間を使う行為ではありますが、罪悪感が生じたときも、それに計画をやめさせるほどの力を持たせないよう自分を説得したとしています。

そのとき支えになったのは、「好きなことに使った時間は、無駄ではない」という考えでした。まだ行ったことのない場所を訪れ、食べたことのない料理を試し、新しい趣味に挑戦し、適度に体を動かして屋外で過ごすことには、もちろん価値があります。しかし、誰も傷つけず、自分に喜びをもたらすものまで、常に新しい体験へ置き換える必要はありません。新しい料理を作ることに価値がある一方で、15年間作り続けてきた同じ料理が、いちばん心に響く日もあります。

ゲームにおける「コンフォートフード」のような存在も、原文筆者にとっては人生を通じた習慣でした。Super Mario World、Final Fantasy X、Pokémon Blueを、数え切れないほど繰り返し遊んできたといいます。そこにあるのは、未知の体験を避ける姿勢ではなく、すでに知っている楽しさへ自分から戻る選択です。展開や結末を知っているからこそ、進行を急がず、好きな場所を訪れ、安心してその世界に浸れることが、再プレイの魅力になります。

趣味をチェックリストにしないために

原文筆者は、2025年のニュースがもたらす混乱や不確実さを考えると、好きなゲームへ戻る時間はこれまで以上に必要だと主張しています。ゲームが最も大きな趣味である人にとって、過去のお気に入りを再び遊ぶことは、新作を避けることではありません。好きな冒険へもう一度出発することで、現実から距離を置き、気持ちを切り替える時間を得る行為です。

その考え方に基づき、原文筆者は映画を何度も見直す企画を楽しみ、Switch Onlineのレトロゲームライブラリを起動することを勧めています。一方で、直近のSteamセールで購入したゲームが、いまだプレイ時間0分のまま何本あるかは、できるだけ数えないようにしたいとも述べています。買った作品をすべて遊び切ることを目標にすると、ゲームは楽しみではなく、未処理のタスクへ変わってしまうからです。

新作を知ることにも、未知の作品へ進むことにも価値はあります。ただし、それを理由に、すでに好きだと分かっている作品を選ぶ時間まで否定する必要はありません。原文筆者は、自分の趣味を終わらせるべきチェックリストではなく、趣味らしいものとして扱うよう努めた結果、以前より多くの楽しさを得られるようになったとしています。遊ぶべき作品の数ではなく、遊んでいる時間にどれだけ喜びを感じられるかを基準にしてよい、というメッセージです。