ゼルダの伝説は「語り継がれる物語」として作られていると、Polygon筆者が主張
Polygonの筆者が、『ゼルダの伝説』シリーズの魅力は技術的なゲームデザインよりも、おとぎ話や民話のように語り継がれる物語である点にあると論じています。Switch 2向け『ゼルダの伝説 時のオカリナ』リメイクを前に、シリーズがなぜ特別なのかを考えた末の見方です。
ゼルダを「ゲーム」ではなく「おとぎ話」として捉える
筆者によると、任天堂は、ピクセルによる表現から広大な3D世界まで、壮大な冒険ゲームの作り方を磨き上げてきました。ただ、そうした技術面の説明だけでは、ゼルダが放つ温かさや喜び、ゼルダの世界に迷い込む感覚は伝わらないといいます。筆者はその感覚を、ゲームよりも文学を通じて理解してきたそうです。優れたゼルダは、ゲーム界の『オデュッセイア』のような原典に感じられるとしています。
その根拠として挙げているのが、シリーズ名にある「伝説」という言葉です。各作品は、世代を超えて語り継がれてきた民話を記したものであり、ゼルダを始めるたびに、モンスターと驚きに満ちたハイラル王国の新しい物語を読むことになると筆者は述べています。ゼルダの時系列は複雑だと語られがちですが、多くの作品が仕切り直しの形になっているため、プレイヤーはシリーズを一連の昔話として受け入れやすいという考えです。
リンクは「受け継がれる役目」
筆者は、リンクを完璧なおとぎ話の主人公として位置づけています。リンクは特定の1人というより、さまざまな少年に受け継がれる役目として描かれているという見方です。ゼルダの伝承には常に「時の勇者」がいるとし、『バフィー 恋する十字架』に常に選ばれし討伐者がいることになぞらえています。これによりリンクは、クレイトスよりもハーメルンの笛吹き男に近い、民話の英雄のように感じられると述べています。
おとぎ話としての枠組みに耐えられるかを試すには、各作品の設定を「昔々」で始めて説明してみるとよいといいます。「昔々、妖精のいない少年がいました」「昔々、空に浮かぶ王国がありました」「昔々、光の世界と闇の世界がありました」といった具合です。不気味な『ムジュラの仮面』の設定も、グリム童話のような性質を持つとし、ほぼどの作品も寝る前のお話として語り直せると筆者は述べています。
筆者自身の体験と、次の世代へ
筆者がゼルダをプレイして感じるのは、母親にベッドの中で、狼に変身できる少年の話を読んでもらうような感覚だそうです。想像力をかき立てる魔法の物語を聞かされる感覚こそがシリーズの温かさの源だとし、子どもの頃にはゴロン族とゾーラ族の間の見えない戦争を想像して、自分でゼルダの物語を書いたこともあるといいます。大人になった今も、『ティアーズ オブ ザ キングダム』のような作品を初めて開くたびに、神話の竜や時を超える姫の物語に身を委ねる気持ちになるそうです。
また筆者は、どのゲームを将来の姪たちに紹介したいかを考えることがあるとも明かしています。ゲームは、自分たちの世代にとって親世代にとっての絵本のように人格形成に影響したと語り、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ2』や『Pitfall!』にどれだけの魔法を見出してもらえるかは分からないといいます。一方でゼルダについては、民話のように受け継がれるべき時代を超えた魔法の物語であり、いつか共有したいと確信していると述べています。
『時のオカリナ』リメイクへの期待
筆者は、こうした考えがSwitch 2向け『ゼルダの伝説 時のオカリナ』リメイクへの期待につながっているとしています。冷めた見方をすれば任天堂の巧みな商売だと認めつつ、よりロマンチックな見方では、お気に入りのおとぎ話を、若い世代がより共感しやすい形で語り直すものだと捉えているそうです。校庭で子どもたちが魔法のオカリナを持つ少年の話を友達に語り合うことにつながるなら、ハイラルへのどんな帰還も歓迎するとしています。