『Grand Theft Auto IV』は細部まで作り込まれた都市と物理表現で現代のGTAの原型を築きました
『Grand Theft Auto IV』は、筆者にとってシリーズで最も好きな作品ではありませんが、最も敬意を抱く作品です。その理由は、街そのものが登場人物のように感じられるリバティーシティの作り込みと、人々の動きや反応を一変させた物理表現にあります。今回の振り返りではXbox 360版を再プレイし、発売当時の革新性が今も通用するのかを確かめています。通常の再レビューとは異なり、新たなIGNスコアは付けていません。
規模と機能を絞り、細部に注いだ力
『GTA IV』は、前作のGrand Theft Auto: San Andreasよりも小さなゲームです。水域を除いた陸地の面積は、San Andreasの約4分の1とされています。乗り物の種類も大きく減り、車のカスタマイズはありません。資産管理やRPG風のスキルシステムもなく、ミッションの種類やチートも少なくなっています。主人公ニコ・ベリックの外見で変えられるのは服装だけです。
発売当時を知らなければ、これほど機能を減らした作品が、なぜシリーズ最高の評価を獲得し、ゲーム史全体でも屈指の高評価作になったのか、不思議に思うかもしれません。その答えは、数え切れないほどの細部にあります。
ニコは、暗い過去を持つ東欧出身の退役軍人で、短気な一面もあります。それでも、シリーズの中で特に親しみやすく、感情移入しやすい主人公の1人になりました。いとこのローマンが語る富と成功の話に誘われて渡米したニコを待っていたのは、期待とは程遠い現実です。アメリカンドリームに失望する気持ちも、彼を利用しようとするリバティーシティのろくでなしどもへの嫌悪も、自然に共有できます。
2008年に発売された本作は、Grand Theft Auto III以来、発売当時の現代を舞台にしたシリーズ作品でした。2026年から見ると、スマートフォンが普及する直前の世界を切り取っています。インターネットはパソコンの前に座って訪れる場所で、SNSもまだ目新しい存在でした。筆者が「ディスコ音楽以来、人類に起きた最悪の出来事」と皮肉る現在のSNSとは、随分違います。携帯電話への着信が、ラジオに入るノイズで分かった時代でもあります。
ただし、舞台から18年が過ぎた今でも、2002年当時のGrand Theft Auto: Vice Cityほど強い懐かしさは感じられません。Vice Cityの舞台と発売年の隔たりは16年でしたが、1980年代と2000年代では見た目や文化の違いが鮮明でした。一方、2000年代と現在の違いはそれほど大きくありません。誰もが共有する文化が薄れ、ファッションも循環する中では、Rockstarがどれほど細部を作り込んでも、この時代感の弱さは避けにくかったでしょう。
小さな街に詰まった、圧倒的な生活感
時代の空気を伝える力ではVice CityやSan Andreasほど強烈ではなくても、その場所にいる感覚を生み出す力は見事です。リバティーシティは当時の傑出した仮想都市であり、細部へのこだわりは今見ても通用します。
Xbox 360のプレイ記録によると、筆者が本作に触れるのは約14年ぶりでした。再び街に入ると、隅々まで丹念に作られていることをすぐに思い出します。San Andreasより狭い一方で、人も物も密集し、奥行きがあります。過去作よりも身近で、本物らしく感じられ、その後に筆者が遊んだ多くのオープンワールドアクションと比べても、説得力のある都市です。
タイムズスクエアをモデルにした華やかなスター・ジャンクションでは、騒ぎを起こすより観光に夢中になります。カメラを向ける先々に、見たり読んだりして楽しめるものがあるからです。ブルックリンのブライトンビーチを参考にしたホーブ・ビーチでは、ありふれた風景を魅力に変える手腕が光ります。歩道に散らばるごみ、地域の住民に合った個性的な店構え、街のほかの場所では繰り返し使われない店舗の外観。店内の落書きや名前にも、最後まで知ることのできない誰かの物語が感じられます。
建築、照明、生活で染み付いた汚れが重なり、この街は単に実在しそうなだけでなく、長い年月を経てきたように見えます。道路には穴や鉄板があり、部分的に舗装し直した跡も残っています。専用の看板や落書きも含め、どこを見ても同じ風景の使い回しには感じられません。こうした積み重ねが、発売当時としては前例のない没入感を生み、今もその力を保っています。
もちろん、Xbox 360のような当時のハードでは、解像度の制約によるぼやけた映像を避けられません。Rockstarが選んだ冷たい色調と、やや色あせた配色も、画面のくすみを強めています。それでも徒歩や車で探索する楽しさは健在です。密集した都市では公共交通機関も現実的な移動手段として機能し、街を巡るだけで十分に魅力があります。
人々の反応を変えたEuphoria
Rockstarが追求したのは、都市の見た目だけではありません。身体の動きにも強い現実味を与えています。その中心にあるのが、NaturalMotionのキャラクターアニメーション技術「Euphoria」です。人の動き、衝撃への反応、周囲との関わりを変えたこの技術は、単なる見栄えの工夫ではありません。銃撃でも車との衝突でも、操作しているときの感覚そのものを変え、GTAを作り直したといえるほどの影響を与えました。
あらかじめ用意した動作を再生する従来の方式では、撃たれた人物や車にはねられた人物が、決まった倒れ方を繰り返しがちです。Euphoriaでは、加わった力や周囲の環境に応じて反応が変わります。銃撃でよろめいた敵が背後の手すりを越えて転落したり、狙いを定めた1発で足場から落ちたりします。車でかすめた場合と正面からぶつかった場合でも、体の動きは異なります。酒を飲みすぎれば、歩くことすら一時的に難しくなります。2008年当時、その光景は未来を先取りしたようでした。
結果として生まれるのは、しばしば強烈なドタバタ劇です。シートベルトをしていないニコがフロントガラスを突き破って飛び出したり、車を奪われたNPCが発進する車のドアハンドルにしがみついたりします。こうした瞬間への筆者の愛着は、今も変わりません。車を奪った直後にあえて発進を遅らせ、相手がつかまる時間を作ってから引きずることさえあります。その悪趣味さも含めて、本作ならではの遊びに夢中になっています。
同じ遭遇がまったく同じ展開になりにくいからこそ、何度でも試したくなります。それが生きるのは、街全体が細かな現実味を追求しているからです。背景だけが精巧でも、人々がそこを滑るように移動するだけなら、住人には見えません。本作では人も街の一部として存在し、プレイヤーもリバティーシティで暮らす1人になったように感じられます。
重い運転と、作業になりがちな交友関係
絶大な批評的評価を得た一方で、『GTA IV』はシリーズでも賛否の分かれる作品です。筆者は、地に足の着いた物語がゆっくり進み、ミッションも比較的単純であることを、良い気分転換として好んでいます。ただ、その方向性が全員の好みに合うわけではありません。
交友関係のシステムにも難があります。友人との関係を深めることで報酬を得られる仕組み自体は巧みですが、一緒にできる活動はもっと多く、もっと楽しいものが必要でした。現状では、友人を迎えに行き、限られた遊び場へ連れて行き、家まで送るという流れを繰り返すことになります。交流というより、雑用をこなす感覚が強すぎます。
非常に重い車の挙動も、評価が分かれる点です。筆者は基本的にこの感触を好んでいます。特にマッスルカーや大型の四輪駆動車では、大きく傾く車体や鈍いステアリングにも納得できます。ただ、スポーツカーやスーパーカーには、もっと鋭い反応が欲しかったところです。本来は足回りが硬いはずの車まで大きく傾くため、車種ごとの差が十分ではありません。一方、車が損傷していく表現については、Grand Theft Auto Vよりも本作の方式を高く評価しています。
ラジオにも、局の豊富さを称賛する声と、シリーズで最も印象に残らない選曲だとする声があります。筆者の感想は後者に近いものです。Vice CityとSan Andreasの音楽が非常に優れていたため、発売当時は物足りなさが残りました。ただし、その後にThe Lost and DamnedとThe Ballad of Gay Tonyが登場すると、楽曲は増え、サウンドトラックも明確に良くなっています。筆者はこの2本を、Rockstarが生み出した最も優れたDLCと評価していますが、今回は本編の振り返りが中心です。
現代のGTAにつながる大胆な転換
San Andreasの奔放な自由から要素を絞り、ゆっくり進む現実的な犯罪劇へ向かった判断は大胆でした。機能や規模の縮小、交友関係の煩わしさ、車種によっては鈍すぎる運転感覚、印象の薄い選曲といった弱点もあります。
それでも、この転換によってRockstarは、街そのものが1人の登場人物になるほどの密度を実現しました。Euphoriaによる身体表現は、予想外の出来事から生まれるドタバタした楽しさを支え、その後のシリーズを特徴づける柱になっています。
シリーズで一番好きな作品ではなくても、最も敬意を抱く作品であるという評価は変わりません。執念を感じるほど細かく作られ、今も驚くほど古びていない『GTA IV』は、現代のGrand Theft Autoの原型です。