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『Cyberpunk: Edgerunners』シーズン2は悲劇の再現にとどまらず、絶望の街で生き抜く希望を描いた傑作

2026年10月25日 | #レビュー | Eurogamer

『Cyberpunk: Edgerunners』シーズン2は悲劇の再現にとどまらず、絶望の街で生き抜く希望を描いた傑作

Netflixで配信されたアニメ『Cyberpunk: Edgerunners』シーズン2について、Eurogamerの筆者は「素晴らしい」と高く評価しています。Studio Triggerによる前作と同水準の質を保ちつつ、悲劇一辺倒ではなく、希望と反抗心を前面に出した点が最大の驚きだったとのことです。なお、本記事には番組のネタバレが含まれます。

前作と並ぶ質の高さ

筆者は配信開始の前夜、ピザとビールを用意し、全10話にわたる胸の痛む展開を覚悟して視聴を始めたそうです。ところが、その予想は大きく外れました。

出来が悪かったからではありません。問題を抱えた魅力的な登場人物たちが並び、美しく、ときに型破りなアニメーションで物語が描かれます。サウンドトラックや声優の演技も含め、品質は前作と同じ高さにあると筆者は述べています。

どん底から始まる登場人物たち

第1話の時点で、登場人物は皆どん底にいます。サイバーサイコシスを患ったKingは、体のオーグメンテーションをすべて取り除かれ、住む家も失っています。Dは孤独な復讐の旅の最中で、TaliaはMaelstromというギャングと関わりを持っています。12歳のRomanは金に困りながら、映画というメディアが見捨てられた世界で映像制作を志しており、金を得ようとして危うく切り刻まれかけます。

彼らには絶望に飲み込まれ、燃え尽きる理由が十分にあり、実際にそうなりかけた人物もいます。しかしシーズンが進むにつれて、それぞれが前へ進む理由を見つけます。問題が消えるわけではないものの、選べる者は何が起きても進み続けることを選びます。最終話には第1話より多くの笑顔と笑い声があり、Cyberpunkの世界ではそれが意外であり、反抗的だと筆者は見ています。

暴力を肯定しない描き方

本作では、暴力が痛快でカタルシスのある見せ場として扱われません。Romanの視点を通して、暴力は本来の恐ろしい行為として映し出されます。殺されても仕方がないと言えそうな相手であっても、人を殺しに行かないよう登場人物が繰り返し諭されます。

前作ではDavidがサイバーサイコシスに堕ちていく姿を通じて、殺しの残酷な現実が描かれました。今作では、その病を抱えていない人物たちが、殺すことの虚しさに向き合います。

シーズン中盤には、怯える女性が脇役にいい加減な様子で処刑される場面があります。女性の頭が地面にがくりと落ちる様子を、映像は長く映し続けます。サイレンが鳴り響くこの陰惨な場面は、暴力は答えにならないという単純なメッセージを突きつけていると筆者は受け取っています。

Night Cityに「良い結末」はないとしても

Night Cityに良い結末はないという見方は、もっともだと筆者は認めています。CD Projekt Redのシニアライターであるマグダ・ジク氏は、『Cyberpunk 2077』の物語を「ノワールの悲劇」と表現しました。テーブルトークRPGのディストピア的な世界観も同様に悲しい調子を持っています。犯罪がはびこり、理由もなく人が被害に遭い、人々が使い潰される点は、マイク・ポンドスミス氏が描いた原点の構想でも、『Cyberpunk 2077』でも、今回のシーズン2でも変わりません。

だからこそ、世の中の不条理に抗って、できる限り良く生きることには勇気がある、と筆者は述べています。

筆者は『Cyberpunk 2077』のエンディングになぞらえて両シーズンを比べています。前作は、Vが栄光の炎の中でArasakaに突入する「The Sun」に近い物語です。シーズン2は、Vが残された時間を友人や大切な人と過ごし、Night Cityの過酷な現実から離れる「The Star」に重なります。エンディングのクレジット中には、この選択を嘲る反応を見せるNPCもいます。それは「太く短く燃え尽きる」というEdgerunnerの哲学とは正反対の生き方だからです。

前作と違うからこそ評価できる

筆者は、前作との違いに冷めてしまい、期待に届かなかったと感じる視聴者もいるだろうと推測しています。2022年と同じ種類の物語を繰り返しても何の問題もなく、筆者自身を含め多くの人が楽しんだはずだとも認めています。それでもあえてそうせず、物語をまったく別の方向へ導いたのは賢明な判断だというのが筆者の結論です。それは、反抗的とも言える選択だと締めくくっています。