← 最新記事一覧

『The Elder Scrolls 6: Sentinel』は舞台がほぼ確実視されるも、筆者の期待は沈んだまま。Bethesdaを取り巻く状況が重荷に

2026年11月05日 | #ゲーム紹介 | Eurogamer

『The Elder Scrolls 6: Sentinel』は舞台がほぼ確実視されるも、筆者の期待は沈んだまま。Bethesdaを取り巻く状況が重荷に

Eurogamerの筆者が、『The Elder Scrolls 6: Sentinel』への期待と複雑な思いを綴っています。8年前の最初のティザーで舞台を予想して胸を躍らせたものの、今は純粋に楽しみにしきれないといいます。その背景には、Bethesdaの近年の歩みと、ゲーム業界やXboxを取り巻く状況があるとのことです。

8年前に立てた「Hammerfell」予想

筆者は8年前、初のティザートレーラーが公開された当時、舞台名も場所も不明だった本作について、Hammerfellが舞台だと予想しました。1日がかりで熱中して調べた末の、半ば賭けのような推測だったと振り返っています。

予想の前提は3つです。Tamriel全域が舞台ではないこと、Tamriel以外ではないこと、Morrowind、Oblivion、Skyrimの時代から大きく離れていないことです。そのうえで、MorrowindやCyrodiil、Skyrim、Summerset Islesは最近訪れたばかりとして外しました。さらに、トレーラーの地形や環境からValenwood、Elsweyr、Black Marshも除外しています。残ったHigh RockとHammerfellのうち、High Rockは規模が小さめで、建築様式もティザーの砂色の石と合わないとして外しました。

決め手となったのがSentinelです。海が右手にあり、手前に乾いた山、左に暖色の石の遺跡があり、その先に陸地が見えない配置が、この都市の位置と合致していたといいます。現在、舞台は「ほぼ確定」と言える状況です。厳密には何も確定していませんが、公開されたのは砂丘、Elder Scroll、Sentinelという名称、そして Moth PriestからHammerfellのHigh Queenへ向けた短い台詞だけです。

想像をかき立てる新ティザー

Elder Scrollsに深く入れ込んできた筆者にとって、この舞台は魅力的です。新トレーラーの台詞はSkyrimの出来事の4年後を示しており、Skyrimの地とCyrodiilが隣接するため、過去作との接点や言及も期待できます。

台詞の「A future lost. A victory undone. Sands of time scattered by fate」には、時間が分岐するDragon Breakを思わせる響きがあるといいます。Dragon Breakは、『The Elder Scrolls 2: Daggerfall』の結末で起きた、タイムラインの分岐と複数のプレイヤーの選択を可能にした出来事です。Daggerfallの舞台はHigh RockとHammerfellの間にあるIliac Bayで、最初のティザーに映っていた湾と同じ場所だろうと筆者は見ています。

「victory」は、Skyrimの本筋と同時期に起きた、HammerfellがThalmorの侵攻を退けた戦いを指す可能性があるとも推測しています。分岐するタイムライン、Thalmorをめぐる長年の物語の決着、Starfieldで試みられたような多様な結末など、想像は広がるばかりです。

シリーズが持つ魅力

筆者は、思わせぶりなティザーを作る巧みさだけでなく、シリーズが持つ「馬鹿馬鹿しさの楽しさ」にも魅力を感じています。Oblivionの NPCの掛け声は、YouTubeの黄金期と重なり、ある世代のユーモア感覚を形づくりました。筆者は社内のSlackに、Imperial Watchの挑発の台詞を送り合うチャンネルを作っていた経験があります。旧友との集まりの帰りに、Wood Elf風に「farewell!」と別れを告げてしまうこともあるそうです。

デザイン面でも、シリーズは時に比類ない水準にあったといいます。Morrowindの仕組み重視の魔法は並外れており、冒頭の1時間だけでもチュートリアル設計の手本になると評価しています。Seyda Neenの周辺だけで、世界を理解し、遊び、壊すための道具がそろっていたとのことです。Oblivionはロールプレイング型のオープンワールドを大衆に広め、Skyrimは「大衆」の範囲そのものを広げたと述べています。

期待が薄れる理由

それでも、筆者の期待は抑えられています。この気持ちは2本目のティザーより前からあり、長らくBethesda自身のせいだと考えていたそうです。

筆者は、Bethesda Game Studiosの近年を厳しく見ています。Fallout 76は悪夢のような発売から持ち直したものの、Fallout 4は長年のファンの間で、Fallout 3やObsidianのNew Vegasの奔放さからやや後退した、悪くない作品という評価に落ち着いたといいます。Skyrimも素晴らしいゲームながら、Elder Scrollsらしいロールプレイング要素を削り、摩擦の少ない現代的なアクションゲームに近づけたと指摘します。そしてStarfieldは、まずまずの出来であることが逆にBethesdaは魔法を失ったというファンの確信を強めたと述べています。

筆者はかつて、スタジオの「BioWare化」を心配していました。ライブサービス作品の失敗、いまひとつだった新規IP、親会社の変遷、方針のぶれ、企業化の進行といった点です。さらに、長年のファンからの信頼よりも幅広い層への訴求を優先してきたようにも見えるといいます。

ただ、今はその心配を手放したそうです。開発スタジオは調子の波がある個人やスポーツ選手とは違い、多くの人で構成される組織です。人が去れば別の人が加わります。優れた採用、設計、計画があり、親会社が余裕を与え、リーダーが的確なら、魔法は取り戻せるという考えです。良いゲーム開発とは、長い期間にわたって良い判断を積み重ねることであり、Bethesdaにもそれは可能だとしています。その判断を左右する、Bethesda経営陣の上に立つ人々についても同様だと述べています。

「そこそこ」では許されない時代

筆者が引っかかるのは、本作が世に出る世界が前作の頃とまったく違う点です。欧米の大手パブリッシャーのゲームは今や、すべてが生死をかけた勝負になっています。売上やメタスコア、ちょっとした発言までが、アルゴリズムに煽られた批判の材料になり、ゲームの持ち主たちは嫌われずにいることが難しい存在になっているといいます。

そのためBethesdaは、そこそこの出来のゲームを作るわけにいきません。開発期間はすでにGTA 6並みに長く、Skyrimから15年が経過しています。Jason Schreierによれば、さらに少なくとも2年はかかる見込みです。当然、費用も膨らんでいるはずです。『Sentinel』は大ヒットするでしょうが、これほどの規模では、売れるだけでは足りないと筆者は見ています。業界を動かすか立て直すほどの衝撃、物理版のゲーム機を数千ドル近い価格でも売る力、失敗、無能、傲慢、浪費、衰退という物語を書き換える力が求められるというのです。筆者自身がそれを必要だと主張しているのではなく、現在の業界がそうなっているという説明です。

本作は今や、親会社であるXboxの象徴になっています。筆者によれば、XboxにはほかにこのカードがないCEOのAsha Sharmaは、批判の熱が高まるたびにTodd Howardの名をちらつかせています。『Sentinel』は成功するだけでなく、広く愛されなければなりません。数億ドルの開発費、数十億ドル規模の買収、数えきれないレイオフ、国連の委員会がジェノサイドと呼ぶ事案とのつながりに由来するボイコットを経たあとでは、それ以外はすべて失敗になるといいます。これはBethesdaの開発者にとっての失敗ではなく、Xbox全体にとっての失敗だと筆者は述べています。

怒りと悲しみのなかで

こうした終わりのない混乱、ゲームをめぐる空気にあふれる皮肉、ゲームの所有元の企業が抱える深刻な問題が、期待を持ちにくくしていると筆者は語ります。今のElder Scrollsを見ると、怒りと悲しみが少し湧くそうです。怒りは、素直な喜びや10代の頃の他愛ない思い出、そして自分自身のアイデンティティのごく一部にもなっているものが、好ましくない所有者と結びついてしまったことへのものです。ゲームが、冷酷で無意味な行いから人々の目や言葉をそらす広報の道具や陽動策に変わってしまったとも述べています。

悲しみは、ゲームが発売されたときにそこへ逃げ込んでも、結局は離れたかったはずの世界と同じ世界にいると気づくかもしれないことへのものです。筆者は、Bethesdaの開発者たちが魔法を取り戻すことはできるとしたうえで、「ただ、ゲームの世界はそれを許してくれるのでしょうか」と問いかけて締めくくっています。