『ゼルダの伝説 時のオカリナ』リメイク、ジャンプが手動になった影響で第2のダンジョンまでは従来の操作が恋しくなったと筆者
2026年11月06日 | #ゲーム紹介 | GamesRadar+
『ゼルダの伝説 時のオカリナ』リメイクで、最大の操作面の変更となったのがジャンプの手動化です。GamesRadar+のゲームズエディターOscar Taylor-Kent氏は、2つ目のダンジョンまで進んだ時点で、オリジナル版の自動ジャンプが恋しくなったと語っています。本記事では、同氏の体験と意見を紹介します。
溶岩に落ち続けた第2ダンジョン
筆者は、大人時代の財布の入手、デクの実の準備、ハイリアの盾の装備など、過去のプレイで身についた記憶のおかげで順調に進み、2つ目のダンジョンであるドドンゴの洞窟に入りました。ところが、溶岩の上にある足場へ数歩進んだところで勢いよく落下し、リンクは炎に包まれてしまったそうです。
N64版では、端に向かって走ると、リンクが可能な限り端に近い位置で自動的にジャンプしていました。リメイクでは、これをボタン操作で行う必要があります。筆者はこの変更を皮肉まじりに、ピザ屋で自分でピザを焼かされるようなものだと表現しています。
手動ジャンプの利点と戸惑い
筆者は、誇張はあるものの、手動ジャンプの利点も認めています。リンクの動きが機敏に反応することで、生き生きとした世界にリメイクならではの活気が生まれているとのことです。序盤のエリアでは小さなレイアウト変更により、自然な高低差が少し加わりました。街の移動や段差のよじ登りも、フィールドの移動を軽快にしていると評価しています。
一方で、従来型のダンジョン探索や仕掛けでは苦戦しているそうです。これまでは進む方向を向けて自動ジャンプをつなげるだけで進めたため、ボタンを忘れたり、タイミングを誤ったりして、早く跳んでしまうか、誤ってロールをして落ちることがあるとのことです。筆者はプラットフォーマーの大ファンで、ほかのゲームではスティックを素早く操作して横宙返りで進入禁止の場所へ登ることも多いため、これを認めるのは恥ずかしいと述べています。
設計と合わない部分がある
筆者がこの問題を感じる理由は、おなじみのジャンプ箇所が、もともとジャンプボタンなしで設計されている点にあります。『エルデンリング』が『ダークソウル』より自然なジャンプを加えつつ、レベルデザインを最初からそれに合わせて作ったのとは異なる、という指摘です。コキリの森の足場のある池は配置が調整されているものの、順序は元のままです。そのため、方向の操作だけを考えればよかった場面で、常に別のボタンも押さなければなりません。
筆者は、自分は細かい点にこだわる文句の多い人間だと断りつつ、Annaによる5つ星のレビューには同意しており、このリメイクは優れた刷新だと述べています。そのうえで、N64の開発チームにとってジャンプボタンは未知の概念ではなく、オリジナルは意図的にジャンプボタンを必要としない設計にしたのであって、入れ忘れたわけではないと指摘します。
さらに、自動ジャンプはN64の性能上の制約でもなく、『ブレス オブ ザ ワイルド』までシリーズに残った移動の仕組みだと説明しています。『風のタクト』や『トワイライトプリンセス』など、多くの優れたゼルダ作品は手動ジャンプなしでこの仕組みを活用してきました。『ブレス オブ ザ ワイルド』では、緻密なダンジョンから自由度の高いオープンワールド探索へ設計が変わったので、手動ジャンプも理解できると筆者は述べています。ただ、このリメイクにはそこまでの変化はなく、基本的な操作を変える必要があるとは感じないそうです。
自動ジャンプも選べればよかった
筆者は、手動ジャンプの存在に怒っているわけではないものの、その徹底ぶりには戸惑っています。追加するなら、自動ジャンプも切り替えや追加オプションとして残せばよかったのではないか、という考えです。開発チームは、従来のジャンプ攻撃とロールの操作を、現代的な操作と並べて残しています。
一部のリメイク箇所では手動ジャンプが必須になっています。たとえばハイラル城の庭園へ入る壁を登る部分で、筆者はこれを気に入っているそうです。ただ、だからといって、端に向かって走ったときの自動ジャンプまで使えなくなる理由にはならないと述べています。
全体としては評価、それでも惜しい点
筆者は、リメイク全体について、当初の不安よりも練られた刷新だと評価しています。近年のリメイクは出来のばらつきが大きいと感じていたものの、細部の作り込みの量や、敵のアニメーションによる戦闘の手応えなど、多くの小さな調整は完璧に近い出来だとしています。しかも、『時のオカリナ』を名作にした中核的な設計は尊重されているとのことです。
それでも、新しい仕組みを足すことに重きを置くあまり、元の設計の一部が尊重されていないと感じる場面で溶岩に落ちると、少し痛いと筆者は結んでいます。