『Grand Theft Auto』開発者が語るタブロイド紙の批判と予想外の成功
2026年08月27日 | #その他 | GamesRadar+
犯罪と車を題材にした自由度の高いゲームは、発売後に政治家やタブロイド紙から厳しい批判を受けました。しかし開発チームは、プレイヤーや批評家から高い評価を得た作品を作れたことのほうが重要だったと振り返っています。初期構想から大きく姿を変えながら、後のシリーズにつながる基本要素が形作られていきました。
都市シミュレーターから犯罪ゲームへ
DMA Designは、映画や音楽、本など幅広いポップカルチャーに関心を持つ人にも遊んでもらえる作品を目指し、プレイヤーがゲームをしていることを忘れるような環境作りを構想していました。プログラマーのMike Dailly氏が作った初期プロトタイプは、486 PC上で動く見下ろし型の都市シミュレーターでしたが、動作が遅く、Syndicate Warsとの類似も指摘されたため、横視点の試作へと作り直されます。
その後、Body HarvestのリードプログラマーだったJohn Whyte氏との会話をきっかけに、横視点の試作へ床面を加え、見下ろし型の疑似3D表現へ発展しました。こうしてRace'N'Chaseとして企画が承認され、1995年の設計資料では、3つの都市、車両の強奪、歩行者、警察の追跡、多数のミッションが盛り込まれる予定でした。
リードプログラマーのKeith Hamilton氏によると、開発初期に決まっていたのは「自分たちが遊びたいゲームを作る」という方向性だけでした。見つけた車には何でも乗れること、あらゆる要素が相互作用することを重視し、特別に用意されたイベントではなく、システム同士の組み合わせから予想外の状況が生まれる設計を目指したとしています。車を乗り換える行動から、プレイヤーを犯罪者として扱うという本作のテーマが固まっていきました。
3つの都市と即興的なミッション設計
都市マップはStephen Banks氏がSan Andreas、Billy Thomson氏がVice City、Paul Farley氏がLiberty Cityを担当しました。3人がそれぞれ異なる方針で制作したため、都市ごとにレベルデザインやミッションの雰囲気が異なります。実在するアメリカの都市を下敷きにしつつ、少し風刺を加えた表現も取り入れられました。
開発では、設計資料に沿ってすべてを決めるのではなく、チーム内の実験を通じてゲーム内容が変化していきました。歩行者を車ではねることで得られる「Gouranga」ボーナスなど、犯罪を題材にした要素もその過程で追加されています。一方、コンバインで歩行者をなぎ倒す案や、より多くのカットシーン、音声、映画的な演出などは完成版から削除されました。
ミッションは当初、メニューから次の課題を選ぶ形式でした。しかし、それではゲームへの没入感が損なわれるとして、電話ボックスや人物、車両などゲーム内の要素からミッションを開始する仕組みへ変更されました。音声やカットシーンを使わず、画面上部のポケットベルに表示される短い文章で、約120人の登場人物やミッションの背景を伝える必要があったとライターのBrian Baglow氏は説明しています。
発売後に巻き起こった論争
本作は、運転、銃撃、逃走、車両の強奪を組み合わせた広大な自由探索型のゲームとして登場しました。7つのラジオ局や警察無線による音声も都市の存在感を支え、車を乗り換えることで流れる音楽が変わる仕組みも用意されていました。一方で、当時は3Dゲームが普及しつつあり、レビューでは地味で活気のない映像や扱いにくい運転操作を批判する声もあったとのことです。
PlayStation版への移植では、PC版が約16MBのメモリを使っていたのに対し、PlayStationのメモリは2MBに限られていました。Visual Scienceのチームは描画やAIを最適化し、歩行者や車両の状態を画面周辺の短時間だけ保持することでメモリ使用量を削減。PC版で残り続けた死体やスリップ痕も、PlayStation版では一定時間後に消える仕様になりました。
発売後は、ゲーム内の暴力表現をめぐって政治家が議論し、販売禁止を求める声やゲーム規制の議論にまで発展しました。Baglow氏は、タブロイド紙の反応や議会での質問、テレビ番組で取り上げられたことにチームの一部が驚いたと回想しています。そのうえで、騒動は大きかったものの、プレイヤー、批評家、実際に遊んだ人々から「かなり良いゲーム」だと受け止められたことへの満足感のほうが大きかったとしています。