『P.T.』は公開から12年を経ても、多くの現代ホラーより怖い。廊下1本で恐怖を描いた体験を振り返る
2026年11月01日 | #ゲーム紹介 | DualShockers
小島秀夫氏が手がけ、中止となった『サイレントヒルズ』の体験版として配信された『P.T.』。2014年8月の公開から12年がたった今も、筆者は本作ほど怖いと感じるホラーゲームにほとんど出会えていないといいます。本記事では、廊下を行き来するだけの短い体験がなぜ今も強烈なのかを、筆者の見方を交えて振り返ります。
廊下とドアだけで成立した悪夢
『P.T.』は、コナミのホラーシリーズ最新作を予告する「プレイできるティザー」として登場しました。小島氏が型破りな宣伝を好むことから、映像を見せる代わりに実際に遊ばせるという形になったとされています。しかしプロジェクトは2015年4月、公開から1年たたないうちに正式に中止となり、業界屈指の「もしも」を残しました。
筆者が特に感心しているのは、恐怖を生み出すために必要としたものの少なさです。広大な洋館も、凝った戦闘システムも、武器の詰まったインベントリも、巨大なマップも、何発も撃ち込まないと倒せない怪物もありません。あるのは廊下と不気味な物音、胎児、そして曲がり角の先で何かが待っているという感覚だけです。
同じ廊下を歩くたびに変わっていく
設定自体は、未経験者に説明すると笑ってしまうほど単純です。ごく普通の家に閉じ込められたプレイヤーが、L字型の廊下を進み、同じドアをくぐり続けます。戻ってくるたびに何かが変わっており、照明が点滅したり、閉まっていたドアが開いていたりします。ラジオからは父親が家族を殺害したという話が流れ、バスルームからは人間が耳にしてはいけないような音が聞こえ、家のどこかにはリサという幽霊がいます。
武器も敵も収集要素も、次の行動を教えてくれる仲間もありません。プレイヤーは歩き、観察し、耳を澄まし、ゲームが自分に何を求めているのかを探るだけです。それでも、この廊下は他のホラーゲームのステージ丸ごとよりも脅威に感じられると筆者は述べています。
見慣れた場所が「おかしい」と感じる仕組み
筆者は、ホラーは常にプレイヤーを驚かせなければならないという考えは誤解だとしています。ジャンプスケア自体は好きだと断ったうえで、『P.T.』はそれを使うべき場面と使わなくてよい場面を心得ており、使わないことで体験をより効果的にしていると評価します。
鍵になるのは予感です。プレイヤーは遊び始めてすぐに環境を頭の中で把握し、安全な場所と注意すべき場所を整理します。ループを繰り返すうちに、ゲームはその頭の中の地図を狂わせていきます。冷蔵庫がわずかに揺れていたり、ラジオの放送が急に不穏になったりと、変化は気づきにくいほど小さいため、かえって効果的です。やがて自分の観察を信じられなくなり、「さっきより廊下が長い気がする」と感じ始めます。
本来、同じ廊下を何度も歩けば慣れて怖さは薄れるはずです。ところが本作では逆の現象が起きます。何が現れるかへの恐怖だけでなく、環境そのものを疑わせる点が、プレイヤーの心に入り込むところだと筆者は語ります。
常に一歩先にいるリサ
リサは、見た目が恐ろしいだけでなく、ゲームがその存在をどう使うかで記憶に残るキャラクターだと筆者は評価しています。彼女がどこにいるのか、近づいているのか、すでに背後に立っているのかは分かりません。懐中電灯を手に入れたあとにリサが付いてきていることにプレイヤーが気づくまで、実に5年かかったといい、ささやき声や不自然な影の正体もそこにあります。筆者自身、この記事を書きながら思わず後ろを振り返ったそうです。
多くのホラーゲームの怪物は、行動パターンを学べば弱点が分かり、対処法も見えてきます。知識が支配感を与えてくれるわけです。リサはその安心を与えず、辛抱強く謎めいた存在として、未知への恐怖を刺激します。ゲームがいよいよ存在を示したときの衝撃は、一般的なジャンプスケアよりずっと不快だといいます。筆者は没入するあまり、じっとしていればゲームに気づかれないかのように、ほとんど息を止めていたと振り返っています。
怖くて考えられないパズル
廊下を歩くだけではクリアできず、悪夢から脱出するには次第に難解になる謎を解く必要があります。ゲームは手を引いてくれないため、些細な違いに目を向け、環境音に耳を澄まし、意味が分からない行動を試し、後ろを振り返ることまで求められます。ホラーゲームでは、振り返る行為は特に残酷です。
すでに部屋を怖がっているのに、手がかりを探すにはそこに長くとどまらなければなりません。音に耳を傾けたくても、物音のたびに背後から何かが出てくるのではと身構えてしまいます。逃げたいという本能が働く場面で、立ち止まって慎重に考えさせるという矛盾が、脳を混乱させると筆者は表現しています。
この効果を高めているのが、サウンドデザインと武器のなさです。感情を指示するような音楽が流れ続けないため、ごく小さな物音が重要になります。銃を構えることもリサと戦うこともできないので、周囲への意識はいっそう研ぎ澄まされます。筆者は、これらの要素が2014年以降のホラーに広く見られるようになったと指摘します。プレイヤーの手持ちを減らすのではなく、あっても役に立たないと感じさせ、静けさに全神経を向けさせることが無力感につながると、本作は示したといいます。
現代のホラーと比べても色あせない理由
筆者は、現代のホラーゲームが劣っていると言いたいわけではありません。過去10年には、Alien: Isolationの閉所の恐怖や、Silent Hill 2 Remakeの心理的な悪夢など、優れた作品が生まれました。Resident Evil 7が示したように、一人称視点は見知らぬ場所に閉じ込められた感覚を強める手段にもなります。
ただし、怖い体験を作ることと、体験そのものを恐れさせることは違うというのが筆者の考えです。多くのホラーは段階的に盛り上げる構成を取ります。怪物は強くなり、舞台は凝ったものになり、最初とは比べものにならない脅威が待っています。ゲームの構造としては有効で、問題があるわけではありません。
これに対して『P.T.』は、ありふれた廊下から始め、その同じ空間を耐えがたい場所に変えていきます。新しい舞台を次々に出すのではなく、すでに知っている場所を疑わせるのです。15時間のキャンペーンを支える必要も、満足のいく成長要素を用意する必要もなく、全体がひとつの中心的な発想に沿っています。照明、サウンド、環境による物語、繰り返し、パズルがすべて、プレイヤーを少しずつ不安にさせるために働いており、尺を埋めるだけの要素はありません。プレイヤーの想像力は、開発者が画面に映せるどんなものよりも恐ろしくなり得ることを、本作はよく理解していると筆者は述べています。
続きを見られなかったことの重み
『P.T.』が歴史に残る作品である大きな理由は、本来は体験の全体ではなかったことです。これはコナミの伝説的ホラーシリーズの新作『サイレントヒルズ』を宣伝するために作られました。企画には小島氏のほか、映画監督のギレルモ・デル・トロ氏、俳優のノーマン・リーダス氏が参加し、ホラー漫画の巨匠である伊藤潤二氏も創作面で関わっていたとされます。この顔ぶれを考えると悲しくなると筆者は書いています。
世代を代表したかもしれないホラー企画は消え、『P.T.』の発想が完成版でどう発展したのかを見られなかったことが、何より痛いと筆者は言います。
一方で、中止によってティザーの衝撃が保たれたという見方もできます。『P.T.』は、アイデアを1本のゲーム全体で持続させる難しさに直面することなく、凝縮された体験のまま残りました。記憶に残るのは、不安、パズル、リサの恐ろしい登場、そして自分が何を遊んでいたのかを理解した瞬間です。終盤の期待外れな展開も、テンポの問題も議論されず、ただ別の場所へ続くはずだったという事実を伴う、特別な小さな体験が残っています。終わらないループを描いたゲームが、ゲーム史の中でループに閉じ込められたようなものだと、筆者は詩的に表現しています。
小島氏の新たなホラー『OD』への期待
小島氏とホラーの物語は、まだ終わっていません。『P.T.』から10年以上を経て、小島プロダクションはXbox Game Studiosと組み、ホラー作品『OD - KNOCK』を開発中です。
2023年に発表された本作について、小島氏はゲームと映画の境界をあいまいにするものだと説明しています。参加者には、映画監督のジョーダン・ピール氏のほか、俳優のソフィア・リリス氏、ハンター・シェイファー氏、ウド・キア氏が名を連ねます。作品の全貌は謎に包まれており、発売日も未定です。筆者は、その不確かさも魅力の一部だと感じています。
『P.T.』と同じ魔法をかけられるかどうかは分かりません。筆者は、廊下や幽霊、同じ仕掛けの再現は望んでおらず、実験を恐れない姿勢を、まったく新しい種類のホラーに生かしてほしいと語ります。それこそが『P.T.』から受け継ぐべきものだというのが筆者の考えです。周囲を疑い、感覚を信じられなくなり、次の一歩をためらう体験をまた味わえるなら、『OD』は特別な作品になり得ます。そのときは、リサも背後で笑ってくれるかもしれない、と筆者は締めくくっています。