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『ゼルダの伝説 時のオカリナ リメイク』の映像に感じた違和感はどこから来るのか

2026年09月10日 | #その他 | Eurogamer

『ゼルダの伝説 時のオカリナ リメイク』の映像に感じた違和感はどこから来るのか

『ゼルダの伝説 時のオカリナ リメイク』の新たな映像は、原作ファンに強い違和感を抱かせる一方、見返すうちに印象が変わっていく不思議な反応も呼んでいます。原文筆者は、最初に「見えすぎる」と感じた理由を、N64時代の表現とSwitch 2向けのグラフィックの隔たりから考察しています。だが、時間を置いて映像を見直すと、その違和感は少しずつ薄れ、別の見え方が現れてきたといいます。

最初に感じたのは、懐かしさよりも強い違和感

原文筆者がトレーラーを初めて見たとき、最初に起きたのは理屈ではなく、ほとんど反射的な感情だったとのことです。見慣れたキャラクターが振り返る場面で、思わず身を引くほどの反応をしてしまったと振り返っています。その直後に浮かんだのが、「見えすぎる」という感覚でした。顔や風景が細かく描かれているのに、それが単純な高画質化として受け取れず、「なぜこんなに奇妙で、間違っているように見えるのか」と考え始めたそうです。

この反応を整理するため、原文筆者は原作の見た目を思い返します。原作の世界には、目に見える三角形やピラミッド状の形があり、キャラクターの顔も、折り紙で作る紙製の占い遊びのように、ポリゴンを組み合わせた造形として表現されていました。そうした特徴は単なる技術的な制約ではなく、当時のゲームデザイン全体と結びついていたとしています。限られたハードウェアで開発者が実現したかった世界を作るには、その見た目である必要があったという考えです。

技術から切り離された原作の美学

今回のリメイクでは、N64時代の表現を支えていた技術的な制約から、造形や美学だけが切り離されたように見えます。原文筆者は、Switch 2のグラフィック性能によって、かつての世界が大量のディテールで覆われたと感じています。草は細かく揺れ、雨はキャラクターの顔にまで存在感を持って降り注ぎ、森の場面には過剰な装飾を備えた屋内テーマパークのような印象すらあったとのことです。

つまり、問題は単純に「グラフィックがリアルになった」ことではありません。原作では、見えない部分や曖昧な部分が、プレイヤーの想像や記憶によって補われていました。しかし新しい映像では、顔の形や表面の質感、草木の動き、天候の表現までが前面に出ています。原文筆者にとって、それは原作の世界を鮮明にするというより、これまで自然に受け入れていた記憶の中の風景を、別の方法で説明されているような感覚につながりました。

この考え方は、原文筆者が触れている、Shadow of the Colossusのリメイクを扱ったGareth Damian Martin氏の論考から影響を受けたものだとしています。ただし、筆者はその見方を固めたあと、同じトレーラーを数分後にもう一度見ました。すると、初回ほどの奇妙さは感じなかったそうです。顔にはまだ少し不自然さが残っていたものの、映像全体を本当にそこまで異様なものと見るべきなのか、疑問が生まれました。

見る人と時間によって変わる印象

2回目の視聴では、原作を大いに気に入っている妻に映像を見せたといいます。妻の第一印象も筆者と似ていましたが、それを言葉にすると、「Friendsを現代の巨大な4Kテレビで見るようなもの」だったとのことです。登場人物の顔を、そこまで細部まで見たいわけではない。原作を知る人にとっては、映像の精細さそのものが、懐かしい作品との距離を意識させる場合があるようです。

一方で、筆者は周囲の何人かにも新しいアートについて尋ね、そのなかには好意的な反応を示す人もいたとしています。奇妙に見えることは確かでも、奇妙さが必ずしも悪いとは限りません。ゼルダの伝説においては、見慣れた表現から少し外れた造形や雰囲気が、作品の新しい個性になる可能性もあります。最初は否定的に見えたものが、見直すうちに「これはこれで良いのかもしれない」という方向へ動いていったわけです。

原文筆者は、自分の評価が何度も変わっていること自体が重要なのではないかと考えています。ゲームの見た目に対する感情は、固定されたものではなく、プレイヤーがどのような状態で作品に触れるか、作品に何を期待しているか、どれだけ見慣れる時間があったかによって変化します。初見で受けた衝撃と、何度も見返した後の印象は同じではありません。

記憶の中のリンクと、実際の原作

筆者は近年、ゲームを遊ぶ体験を、記憶を作りながら進む一種の「誘発された幻覚」のようなものだと考えるようになったと述べています。プレイしている瞬間の体験は、過去に遊んだ記憶と混ざり合い、その記憶のほうが長く残っていきます。しかし、記憶は時間とともに変わるものです。原作のキャラクターの顔は、本当にポリゴンをつまんだような形だったのか。それとも、N64時代のリンクに親しみやすいくちばしのような鼻があったという印象は、実際の映像ではなく、筆者自身の記憶が作り上げたものなのか。そうした疑問が示されています。

翌朝、筆者はさらにトレーラーを見返しました。その時点では、奇妙さよりも映像の鮮やかさが目につくようになっていたそうです。ブレス オブ ザ ワイルドをはじめとする、いくつかのゼルダ作品を思わせる要素が混ざりながら、同時に、原作で何度も見た場面が新しい姿で再構成されています。繰り返し見ることで、まだ見慣れていない映像が少しずつ記憶の中に入り始めたのでしょう。

最終的に筆者が抱いた感覚は、かつて見た夢の内容を誰かが説明しているようなものだったといいます。ただし、その夢を見たのは自分であり、説明しているのは別の誰かです。新しい映像は原作そのものの記憶を再現しているわけではなく、原作を知る人の中に残った記憶へ、別の解釈を重ねているのかもしれません。初見で「違う」と感じた反応も、見直すうちに受け入れられるようになった変化も、リメイクが原作ファンの記憶とどのようにぶつかるかを示す反応だといえそうです。