『Silent Hill: Townfall』がサバイバルホラーに欠けた「謎」を取り戻す可能性
サバイバルホラーが再び大きな注目を集める一方で、近年の作品では恐怖の核だった「何が起きているのか分からない感覚」が失われつつあります。海外メディアIGNの原文筆者は、発売を控える『Silent Hill: Townfall』が、説明しすぎず、プレイヤーに解釈を委ねる本来の魅力を取り戻す作品になる可能性を指摘しています。数時間の試遊を経験した記者たちにも物語の全容が見えていない点は、本作をめぐる大きな注目ポイントです。
サバイバルホラー復権の裏で失われたもの
近年は、Silent HillやResident Evilのようなジャンルを代表するシリーズが人気作を送り出し、過去の作品に影響を受けたインディーゲームも相次いで登場しています。初代PlayStation時代の雰囲気を思わせるCrow CountryやSignalisなどは、その流れを象徴するタイトルです。2000年代半ばにはアクション性が強まり、サバイバルホラーが勢いを失った時期もありましたが、現在の盛り上がりは、純粋な恐怖を求める層が以前から存在していたことを示しているのかもしれません。
ただし、原文筆者はこの復権をそのまま「新たな黄金時代」とは見ていません。大手シリーズの新作では、販売面で安全な選択を重ねるうちに、恐怖を成立させる重要な要素である謎が薄れているという見方です。未知のものが何なのか分からず、画面の外に何が潜んでいるのか想像する時間こそ、恐怖を長く残すために欠かせません。
近年の作品では、発売前の映像や宣伝によって強敵や物語上の仕掛けが先に知らされ、プレイヤーが実際に遭遇する前から内容を予想できてしまう場合があります。原文では、Resident Evil Requiemがその例として挙げられています。Grace Ashcroftのパートには巨大な追跡者や、天井から現れる少女、開始地点に登場する特徴的な敵などが用意されていますが、それらは発売前のマーケティングで紹介されていました。その結果、作品中でもっとも恐ろしい章が、情報を追っていたプレイヤーにとっては未知のものではなくなっていたと評されています。
さらに同作では、Graceの恐怖を重視した場面に対して、Leonがチェーンソーを振り回し、格闘技のような攻撃を繰り出すアクション中心の場面も組み合わされています。原文筆者は、そこにResident Evil 4やResident Evil 5を思わせるおなじみの要素が入り、最終的にはアニメーション作品のようなバイクチェイスにまで発展すると説明しています。異なる魅力を両立させる試みである一方、物語や雰囲気よりも、過去の人気要素を次々に並べて多くのファンを満足させることが優先され、謎が失われているという批判です。
Silent Hill fで示された「説明の多さ」への違和感
同じ問題は、Silent Hill fにも見られると原文筆者は述べています。2012年以来となるシリーズ初の完全新規かつ大規模な作品として、同作は1960年代の日本を舞台に、女性嫌悪というホラー作品で扱われてきた主題を異なる角度から描こうとしました。主人公の雛子は、霧に包まれた町と異形の怪物に向き合うことになります。
しかし、作品が扱うテーマは、プレイヤーが不穏な出来事から読み取る前に、登場人物の態度や説明によって示される場面が多いとされています。ゲーム開始から間もなく登場する不機嫌な父親は、物語が何を扱うのかを強く示し、探索中に出会う美しくもおぞましいクリーチャーについても、雛子が日記に簡潔な説明を書き残します。原文筆者は、もしSilent Hill 2でジェイムスがナースやPyramid Headに出会うたび、その心理的な意味を日記に書いていたら、物語の印象は大きく変わっていただろうと指摘しています。
過去のSilent Hill作品では、登場人物の動機や物語の主題が、最初から明確な答えとして提示されるのではなく、奇妙な出来事や象徴的なデザインを通じてプレイヤーの前に現れました。原文筆者は、それらを芸術作品のように、人物やテーマそのものを謎めいたフックとして機能させていたと評価しています。それに対してSilent Hill fは、深刻なテーマを扱いながらも、若者向けドラマのような大げささと分かりやすさが目立つ作品になっている、という厳しい見方を示しています。
戦闘の扱いも、シリーズが従来持っていた脆弱性を損なった要因として挙げられています。過去作では、主人公は超人的な戦士ではない一般人であり、貴重な回復アイテムを温存するためにも、敵との戦闘を避けて逃げることが現実的な選択でした。一方、雛子は戦闘経験が乏しい学生でありながら、さまざまな敵と正面から戦い、回避やカウンター、特殊攻撃を使いこなします。何度も刺されても生き残る彼女の姿は、悪夢に閉じ込められた無力な人間というより、次の武器を探すプレイヤーキャラクターに近いと評されています。
壊せるパイプや、まれに逃走を求められる場面があっても、恐怖が意図的に弱められている印象は拭えません。戦闘を中心に据えることで販売しやすい作品に近づける一方、サバイバルホラーの重要な感覚である「自分は無力だ」という実感が後退しているという指摘です。
過去作が示した、解釈を委ねる恐怖
原文筆者は、近年の作品が扱う題材の一部は、すでに過去の作品がより大胆な形で描いてきたとも指摘しています。Silent Hill fに登場する、血のように赤い花や脈打つ肉によって世界が美しく変質していくというモチーフについては、2003年のビジュアルノベルThe Song of Sayaが先に、より過激な形で扱っていたとしています。
The Song of Sayaは、静止画と音響を中心とした表現で、内臓に満ちた異様な世界と、歪んだ美意識を描く作品です。作品の内容は、プレイヤーに何を感じ、どう受け止めるべきかを簡単には決めさせません。登場する恋人たちも、道徳的に問題があるだけでなく、同情の余地を持つ犯罪者として描かれており、物語を見終えた後にも不安定な感情が残ります。原文筆者は、マーケティングや物語の説明によって受け取り方を整えられた近年の大作よりも、何に驚き、何を感じるべきなのか分からない作品のほうが、ホラーとして強い場合があるとしています。
また、Clock Tower 3、Haunting Ground、Rule of Roseも、分かりやすい答えを急いで提示しない作品として取り上げられています。いずれも評価が割れた作品ですが、現在では入手が難しく、熱心なファンから強く支持されています。重いテーマを扱いながら、演出には奇妙さや不条理さがあり、深刻なメッセージを正面から説明しすぎない点が共通しています。
なかでもRule of Roseは、プレイヤーを信頼する姿勢が際立っていた作品とされています。主人公のジェニファーは不気味な孤児院へ連れていかれますが、物語はやがて飛行船へと舞台を変え、現実と夢の境界が曖昧になっていきます。後戻りやアイテム収集が多く、ゲームプレイには問題もあるものの、悲しみや苦しみを序盤から明確なテーマとして説明せず、奇妙な場面の積み重ねによってプレイヤーの中に浸透させる構成が評価されています。
物語は一本道ではなく、いくつかの場面を異なる順番で進められます。孤児院の職員にかわいがられているように見える少女が、ベッドに横たわる子どもから「人魚姫」のような存在へ変貌する場面は、その不穏さを象徴するものです。天井からぶら下がり、爪を立て、吐き出す半ば手足を失った姿が何を意味するのかは、作中では明確に説明されません。虐待、自殺、子どもが抱える無力感など、複数の解釈が成り立つからこそ、プレイヤーは攻略上の不便さを越えて作品の意味を考え続けられます。
本作が提示する謎と期待
原文筆者が本作に期待しているのは、過去作の怪物や舞台を再利用することではなく、探索や戦闘を進める理由そのものとして謎を機能させることです。現時点で、物語の舞台となる小さなスコットランドの町St. Ameliaは放棄され、何らかの形で人々から嫌われる企業の影響下にあるようです。主人公Simonの静脈にはカニューレが接続されており、最初に出会う怪物の身体には、拘束衣を思わせるベルトが巻かれています。
これらの要素から、恐ろしい医療や治療を題材にした物語を想像することはできます。しかし、原文筆者は、それだけでは説明できない複数の問題がSt. Ameliaの中心で腐敗しているように見えるとしています。カニューレや拘束を思わせるデザインは手がかりにはなっているものの、それが物語の答えとして提示されているわけではありません。何が起きているのかを推測する材料はありながら、推測を確定させる情報はまだ不足しています。
本作は、見つけた日記や資料を通じて物語を先回りして説明するのではなく、探索の中で少しずつ状況を感じ取らせる構成になっているようです。ゲームイベントで数時間をプレイしたジャーナリストたちでさえ、物語やテーマの全体像をつかめていないとされており、宣伝段階で主要な恐怖を明かしてしまう作品とは対照的です。原文筆者は、この段階で結末や真相を予測しきれないことを、本作の魅力として捉えています。
サバイバルホラーの復興が抱える問題は、敵や残酷な演出だけを取り入れ、雰囲気や主題、物語の曖昧さを置き去りにしてしまうことだと原文筆者はまとめています。高難度やセーブ制限を前面に出した作品も存在しますが、死を避けにくく、セーブ回数まで絞られたゲームでは、恐怖よりも純粋な挑戦を求める別ジャンルに近づく場合があります。難しい作品が不要なのではなく、恐怖、探索、物語、未知への想像力が結びついた従来のサバイバルホラーが少なくなっているという問題です。
本作は、サバイバルホラーを構成する要素を個別に並べるのではなく、それらを結びつける中心に謎を置こうとしているように見えます。探索するからこそ手がかりが見つかり、手がかりが増えるほど不安が深まり、戦うか逃げるかの判断にも物語上の意味が生まれる。その流れが成立すれば、恐怖を感じながらも先へ進まずにはいられない体験につながります。
原文筆者は、過去の流行を表面的に再現するのではなく、1970年代のイタリアンホラーのような幅広い影響を作品へ取り込み、独自で曖昧な恐怖を作ることが重要だとしています。本作がこの方針を最後まで維持できるかはまだ分かりませんが、少なくとも現在公開されている情報からは、恐怖の正体を明快に説明するより、プレイヤーに考えさせる方向性がうかがえます。サバイバルホラーが再び勢いを得た今、その謎めいた部分を本当に守れる作品になるのかが、最大の焦点になりそうです。