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『The Blood of Dawnwalker』の吸血鬼の飢えはBaldur’s Gate 3のダークアージュと異なる選択を迫る

2026年09月17日 | #ゲーム紹介 | IGN

『The Blood of Dawnwalker』の吸血鬼の飢えはBaldur’s Gate 3のダークアージュと異なる選択を迫る

吸血鬼の力を使うほど、主人公が人を襲う危険も高まる――『The Blood of Dawnwalker』では、プレイヤーの判断だけでなく、ゲームシステムそのものが主人公の暗い衝動を引き起こします。IGNの原文筆者は、この仕組みがBaldur’s Gate 3の「ダークアージュ」と似た題材を扱いながら、まったく異なる物語体験を生み出していると論じています。自分で悪を選ぶのか、それともシステムに追い込まれて悪に手を染めるのかが、大きな違いです。

吸血鬼の力と引き換えに血を求められる主人公

物語の序盤で吸血鬼にされた主人公コーエンは、昼間は人間として行動できますが、夜になると吸血鬼の性質に支配されます。夜間は狼への変身や壁を歩く能力など、強力な力を使える一方、通常の食料や水では傷を回復できず、血だけが有効な回復手段になります。

この血は単なる回復アイテムではありません。体力が一定以下まで減ると、コーエンの飢えが危険な状態になり、会話中の選択肢が「飢えに身を任せる」に置き換わります。抵抗しようとしても、長く飢えたままでいると目の前の人物に襲いかかってしまい、一般市民だけでなく、重要なクエストの依頼人まで殺してしまう可能性があります。

原文筆者は、夜に市民を吸血鬼の兵士から救出する場面を例に挙げています。2人の男性を処刑から救ったものの、戦闘後にコーエンの体力が減った状態で会話を始めたところ、報酬を受け取るための選択肢が飢えに関するものへと変化しました。抵抗を選び続けようとしても、コーエンは自動的に牙をむき、救ったばかりの男性たちを吸血してしまいます。

この展開は、プレイヤーが意図して悪事を選んだ結果ではありません。救出という善意の行動、夜に任務へ挑んだ判断、戦闘で負ったダメージ、会話を始める前に血を補給しなかった準備不足が連鎖し、最後に取り返しのつかない行動へつながります。吸血鬼であることを、物語上の設定ではなく、プレイ中に常に管理しなければならない呪いとして扱っている点が、本作の特徴です。

ダークアージュとの違いは「選ぶ悪」と「強制される悪」

原文筆者は、コーエンの飢えをBaldur’s Gate 3のダークアージュと比較しています。ダークアージュは、残虐な連続殺人犯としての過去を持つキャラクターで、通常の主人公にはない会話や場面が追加されます。動物を傷つける、避難民に危害を加える、ゴブリンの指を噛みちぎる、仲間を殺すといった凄惨な行動も、プレイヤーが選択肢として実行するかどうかを決められます。

そのため、ダークアージュでは追加された選択肢を通じて、キャラクターの人格や運命をプレイヤー自身が作っていくことになります。特定の相手だけを殺す自分なりの規範を持たせることも、動物を守る人物として描くこともできます。内なる殺人衝動に抗い、英雄を目指す贖罪の物語を選ぶことも可能です。

もちろん、ダークアージュにも完全に自由な場面だけがあるわけではありません。殺意を抑えるために技能判定へ成功しなければならない場面があり、プレイヤーの意思だけでは制御できない瞬間も用意されています。ただし、全体としては、どの残虐な可能性を実行し、どの行動を拒むかによって、自分だけの物語を形作る仕組みです。

一方、コーエンの飢えは、プレイヤーの性格づけを待ってくれません。体力が危険域に入り、夜間に会話をすれば、会話の選択肢そのものが失われることがあります。原文筆者は、この違いを、ダークアージュが「自分で書く殺人者の物語」であるのに対して、コーエンはゲームのシステムを理解し、飢えを抑えながら生き延びる必要がある存在だと説明しています。

夜に挑むか、家族を救う時間を優先するか

吸血鬼の力と飢えは、昼夜の選択にも影響します。夜は警備が手薄になり、コーエンの能力も最大限に活用できますが、吸血鬼として活動する時間が長いほど、血を必要とする危険も増します。危険を避けるだけなら、夜は眠って昼間だけ行動するのが安全です。しかし、本作には家族が30日後に死亡するという時間制限があり、夜を避け続ければ、そのぶん救出や調査に使える時間を失います。

原文筆者は、地元の粉屋を救出する任務を例にしています。昼間に小さな城を調べた結果、夜のほうが警備兵が少なく、脱獄に向いていると判断しました。そこで夜になってから吸血鬼の力で城壁を越え、牢獄の鍵を手に入れて囚人を解放します。

ただし、警備兵が少ないことは、誰にも見つからないことを意味しません。原文筆者によれば、本作には完全なステルスシステムがなく、十分に慎重な計画を立てても、脱出時には直接戦闘を強いられる場合があります。この戦闘で体力が危険域まで減ると、任務の最後に待っている囚人との会話が新たなリスクになります。

会話が始まると、通常の返答が震えるように表示され、再び「飢えに身を任せる」という選択肢が現れます。先ほど救出した市民とは違い、今回の囚人は物語上より重要な人物でした。原文筆者は、血を補給してから話しかけるべきだったのではないか、戦闘を避ける方法はなかったのか、そもそも昼に任務を進めるべきではなかったのかと、直前の判断を振り返ることになったとしています。

最終的には囚人を襲わずに済みましたが、別の結果になっていても不思議ではありません。この仕組みによって、夜間任務は単に敵が強いかどうかを判断する場ではなく、救出対象を殺してしまう可能性まで含めた賭けになります。血液の容器を使って先に回復する、戦闘を避けられる方法を探す、夜の強力な能力を使う代わりに危険を受け入れるなど、プレイヤーは毎回、時間と安全性を天秤にかけることになります。

システム上の危機がコーエンの人物像を作る

コーエンが自分の呪いをどう扱うかは、単なる攻略上の判断にとどまりません。夜を避け、眠って飢えを発生させないようにするなら、コーエンは自分が何者になったのかを恐れている人物として描かれます。夜に活動するとしても、重要な人物と会話しない任務だけを選ぶなら、家族を救うための時間を削ってでも周囲の人々を守ろうとする人物像が浮かび上がります。

反対に、家族を救うためには危険を承知で夜の任務へ挑み、必要なら血を奪うことも受け入れる道もあります。プレイヤーがどの程度まで呪いを許容するかによって、コーエンが自分を嫌っているのか、運命に抗っているのか、それとも吸血鬼としての力を利用しているのかが変わっていきます。

原文筆者は、こうした構造が本作の「ナラティブサンドボックス」と時間システムを支える要素だと評価しています。Baldur’s Gate 3では、膨大な量のあらかじめ用意された物語分岐によって、プレイヤーの選択が世界へ反映されます。ダークアージュのような追加設定も、多数の会話や場面によってキャラクターの物語を細かく変化させます。

本作もテーブルトークRPGの自由度に影響を受けていますが、物語を動かす中心は、用意された選択肢だけではありません。昼夜、時間制限、体力、血の補給、吸血鬼の能力、敵との戦闘といったシステムが互いに作用し、その結果として予想外の展開が生まれます。プレイヤーが「この人物を殺す」と決めていなくても、別の判断の積み重ねが、最悪の結果を引き起こす可能性があるのです。

Baldur’s Gate 3のダークアージュが、残虐な可能性を選び取って自分だけの殺人者を描く仕組みだとすれば、本作のコーエンは、吸血鬼の呪いを抑えながら物語を進める仕組みです。同じく内なる悪を扱っていても、前者は選択の物語、後者は選択を迫るシステムの物語と言えます。原文筆者は、この異なるアプローチが、吸血鬼の呪いとその重荷を描くうえで、ダークアージュに通じる緊張感を生み出していると結論づけています。