← 最新記事一覧

『Clive Barker's Hellraiser: Revival』は一人称視点が主人公と近接戦闘の魅力を生かしきれていません

2026年10月13日 | #レビュー | GamesRadar+

『Clive Barker's Hellraiser: Revival』は一人称視点が主人公と近接戦闘の魅力を生かしきれていません

『Clive Barker's Hellraiser: Revival』は、過激な流血描写と倒錯的な恐怖を楽しみたいホラーファンにはたまらない作品です。ただし、約4時間プレイした筆者にとって、一人称視点の採用にはどうしても納得できません。主人公の人物像とプレイヤーの関係が定まらず、近接戦闘にも手応えが乏しいためです。三人称視点のアクションゲームとして作られていたほうが、魅力を引き出せたのではないかと感じます。

血と欲望に満ちた世界には引き込まれます

主人公のAiden Lynchが進むのは、倒錯的でパンセクシュアルな死のカルトの隠れ家や、緊張感に満ちたBDSMクラブです。さらにThe Labyrinthの拷問部屋では、The Chattererから逃れることになります。血とラテックスの匂いまで伝わってきそうな、容赦のない世界です。

サバイバルホラーの名作に加え、Condemnedのような一風変わったXbox 360時代の作品を思わせる要素もあります。目新しさで勝負する作品ではありませんが、このジャンルの悪趣味な魅力を愛する人には十分に楽しめる内容です。

開発元のSaber Interactiveが目指した方向も理解できます。筆者には、Silent Hill Townfallと同じように、バイオハザード7の一人称視点による恐怖を参考にし、プレイヤー自身を主人公として巻き込む、息苦しいほど没入感のある環境を作ろうとしたように見えます。しかし、本作ではその狙いがうまく機能していません。

主人公になりきるのか、その人物を見守るのか

ホラーゲームでは、視点と主人公の関係が重要です。バイオハザードのイーサン・ウィンターズは、その好例でしょう。バイオハザード ヴィレッジに三人称モードが追加されるまでは、ゲームプレイやカットシーン、宣伝素材でも顔を隠していました。誰なのかという外見上の個性よりも、何を考え、感じ、行動するのかが重視され、プレイヤーが自分を重ねやすい人物になっていたのです。

それは、シリーズの顔となったレオン、クリス、クレア、ジルから、いったん距離を置くことにもつながりました。筆者にとって、バイオハザード レクイエムでレオン・S・ケネディを一人称視点で操作するのは、強い違和感があります。すでに愛着のある人物だからこそ、その姿を見ながら、彼として遊びたいのです。イーサンの物語も同じように重要ですが、プレイヤーとの関係は異なります。

一方、Aidenは最初から個性のある人物として登場します。冒頭の三人称カットシーンで姿を見せ、私的な趣味や嗜好も垣間見せた直後、操作は一人称に切り替わります。プレイヤーが自分を重ねるための主人公なのか、それとも背景や目的を持つ人物の旅を追うのか。この切り替えで、早くも立ち位置が曖昧になります。

約4時間遊んでも、Aidenがレオン型の主人公なのか、イーサン型なのかは見えてきません。ただし、筆者は彼自身には好感を持っています。依存症や服役を経て立ち直った彼は、恋人のSunnyに新たな執着の対象を見いだしました。その彼女の魂を救うため、BDSMの地獄へ踏み込む姿には敬意を抱けます。愛する相手のために行動する主人公は歓迎したいところですが、戦闘の腕前はレオンにもイーサンにも及びません。

近接戦闘には重さも手応えも足りません

筆者の見方は率直です。一人称視点の近接戦闘は、基本的にひどいものだと感じています。例外は、Dying Lightでカイル・クレインが電流の流れるバールを振るい、ゾンビの頭をたたき割るような戦闘です。あのように打撃の重さを感じられなければ、戦いに没頭できません。

本作には攻撃を防ぐ手段がなく、身をかわすくらいしかできません。Aidenの殴り合いは、人物像には合っているのかもしれませんが、ぎこちなく感じます。しかも冒頭の1時間のかなりの部分を、彼は全裸で過ごします。その状況なら、戦い方より下半身をなでる冷たい風が気になっても無理はないでしょう。

それでも、設定を理由に戦闘の欠点を見逃すことはできません。三人称視点での動作を前提に設計していれば、この軽く、空回りするような戦闘に、もっと確かな手応えを持たせられたのではないでしょうか。

血にまみれた手がマチェーテで空を切る様子を眺めるより、旅の大半で主人公の顔を見られたほうが、ヘルレイザーの映画らしさも増したはずです。本作は何より、サバイバルホラーのアクションゲームです。残酷な光景を至近距離で見せるために、戦闘の面白さを犠牲にする必要があったのか、疑問が残ります。

視点の使い分けにも一貫した狙いが見えません

Saberも、主人公を画面に映す価値はある程度理解しているように見えます。セノバイトが登場する場面では、三人称カットシーンでAidenの姿をかなり見せます。一方、カルトの本拠地などでは一人称の演出が使われ、この不統一さがさらにもどかしさを生んでいます。どちらかの視点に徹してほしかったところです。

両方の視点を使うなら、Dying Light: The Beastのような方法もあります。三人称の映像で主人公の姿や個性を印象づけ、一人称のゲームプレイで没入感を高める構成です。しかし、本作の切り替えは、結局のところ狙いが曖昧に感じられます。三人称カットシーンも、Aidenの人物像を深めるためというより、セノバイトを見せる機会になっているように映ります。

映画を題材にしたゲームでは、そうなりやすいのかもしれません。プレイヤーが見たいのは、必ずしもAidenやSunnyではなく、ピンヘッドをはじめとするセノバイトでしょう。それでも、『Clive Barker's Hellraiser: Revival』は近年のサバイバルホラーの流れに合わせようとして、バイオハザードから学ぶべき大切な点を取り逃しています。主人公によっては、その姿を見せてこそ、存在感や説得力が生まれるのです。