『Modern Warfare 4』のキャンペーンはシリーズ屈指の出来、評価を支えるのは2009年のModern Warfare 2の骨格を踏襲した構成
『Modern Warfare 4』のキャンペーンは、Call of Dutyシリーズの中でも屈指の出来だと、IGNのMatt Purslow氏は評価しています。氏は、その最大の理由として、史上最高級のシューターキャンペーンの一つであるModern Warfare 2(2009年)の構成を踏襲している点を挙げています。同シリーズのキャンペーンは毎年、出来の良し悪しが入れ替わるように変動してきました。直近3年でも、シリーズ最良級の1本が、最悪級の2本に挟まれる形でした。2026年は「当たり年」にあたるとのことです。
本記事はIGNの署名入りオピニオンです。氏はCall of Dutyのキャンペーンをすべて1回以上クリアしています。プレイ機種や所要時間などの記載は原文にありません。
Modern Warfare 2の骨格を、別の国で描き直した作品
2009年のModern Warfare 2は、ロシアによるアメリカ侵攻を描いた作品でした。第二次世界大戦映画のイメージを借りた壮大な戦闘が展開され、荒廃したフランスの街並みに代わって、燃える郊外の住宅街が戦場になりました。家屋や官公庁の建物、ハンバーガー店の中で侵略者と戦う本筋に、プライス大尉率いる特殊部隊が黒幕に挑む物語が並行して進みます。
舞台をアメリカから韓国に、侵略者をロシアから北朝鮮に置き換えれば、そのまま『Modern Warfare 4』のあらすじになると氏は述べます。氏はこれを否定的には捉えていません。第二次世界大戦級のスケールの戦闘と、小規模なスパイ風ミッションを組み合わせたこの型は、Call of Dutyが得意とするものに合っているからです。Modern Warfare 2から17年が経っていること、そして前2作が精彩を欠いたあとでシリーズを立て直す必要があったことから、氏はInfinity Wardがこの方針を取ったことを認めています。
単なる焼き直しにならない、新しい主人公と暗い作風
単なるコピーに見えない理由として、氏は同じ骨格をまったく違う人物や状況に使っている点を挙げています。プライス大尉がマッツ・ミケルセン演じる「The Archer」を追う筋は、Modern Warfare 2でマカロフを追う展開とほぼ重なります。しかし物語の核は、ヤング・マジーノ演じるパク・ヒョンジュンにあるとのことです。
パクは韓国の兵役法で徴兵された下級兵士です。これまでのリブートシリーズで操作してきた特殊部隊員とは違い、職業軍人になる気はありません。それでも北朝鮮の突然の侵攻で自分の身近な土地が戦場になり、戦わざるを得なくなります。キャンペーンには、経験の浅いパクの心の負担を十分に掘り下げる余地はないと氏は指摘します。ただ、不安げに震える脚のアニメーションや、マジーノの抑えた物悲しい演技といった小さな場面から、この着想の良さが伝わってくるそうです。
シナリオの多くはModern Warfare 2から直接引いたものです。たとえば、通常の市街地に降下する敵の空挺部隊、銃弾や爆撃で穴だらけになった民間の建物、住宅街区画の制圧などがあります。それでも作品の雰囲気は大きく異なると氏は述べます。恐怖と高揚が入り混じる点は同じでも、はるかに暗い色調で描かれているとのことです。この点は、2007年の初代を下敷きにしつつ、「ハート・ロッカー」や「ゼロ・ダーク・サーティ」のような映画から暗い雰囲気を取り入れた2019年版Modern Warfareと同じ手法だと氏は見ています。
パリの場面が最大の見どころ
前線のパクとは対照的に、プライスは単独に近い形でThe Archerの排除を目指します。Modern Warfare 2でプライスと「ソープ」・マクタビッシュが担った任務は、雪原への潜入や船での追跡など、ボンド、ボーン、ハントの映画を思わせるものでした。『Modern Warfare 4』のプライスの任務も同じ路線です。
なかでも最大の見どころは、パリでのミッションだと氏は述べます。レールシューター、運転、徒歩での銃撃戦、再びレールシューターへと、ヨーロッパの街並みの中で滑らかに切り替わります。その街並みは、クリストファー・マッカリー監督の作品群から抜け出してきたようだとのことです。Modern Warfare 2の雪上スノーモービルの場面と比べると、約20年分のグラフィックスとレベルデザインの進歩によって、緊迫感と危険度が格段に増しています。氏はこれを、映画館の外で体験できる最も本物に近い「ミッション:インポッシブル」の見せ場だと評しています。
プライスには新たに格闘技も加わりました。精度は高くないと氏も認めていますが、骨を砕き肌を切り裂くフィニッシャーは特に生々しく、スパイ物語に荒々しさを加えているそうです。
「No Russian」に対する答え、「Following Orders」
Modern Warfare 2といえば、空港でのテロを描いた「No Russian」も忘れられません。衝撃は薄れてきたものの、今でもシリーズ屈指の記憶に残るミッションだと氏は述べます。『Modern Warfare 4』には、形は違えど独自の回答として「Following Orders」があります。
No Russianの核心は、命令に従って民間人を大量に殺すか、引き金を引かずにいるかというインタラクティブ性でした。Following Ordersでは、プレイヤーが北朝鮮の兵士となり、体制の敵を追う役目を担います。民家に踏み込み、怯える住民を尋問するなかで、党の方針に従うか、非道な上官に逆らうかを選べます。見つけた医療品の密輸品を報告するのか。床下に隠れていた女性を明かすのか。味方による拷問を問いただすのか。そして、脱走者とされる人物を吊るす縄を握るのか、といった選択です。
氏は、北朝鮮の政治状況を描く点では大まかな描写にとどまり、全体の物語への関わり方もNo Russianほど強くはないとしています。それでも、Modern Warfare 2の骨格を塗り直す『Modern Warfare 4』の一部として、非常に興味深い要素だと評価しています。関われる選択肢が増え、機械の歯車としての自分の道徳や立場を考えさせる問いかけも(わずかに)鋭くなっているためです。
前2作の失敗との対比
氏はFollowing Ordersを、リブート版Modern Warfare 3の「Passenger」と比べると、雲泥の差だと述べます。Passengerは、No Russianが試みた物語とゲームプレイの実験的な融合を検証し直すことなく、飛行機を使ったテロ攻撃を描いただけの内容です。操作できるとはいえ、実態は一人称視点のカットシーンで、プレイヤーがすることは、演出の合間に前へ歩くことが中心でした。No Russianの要点がプレイヤーの主体性にあった以上、これは対話型のテロ描写を入れる理由の取り違いだと厳しく批判しています。
Passengerは、リブートシリーズの中盤が失速した象徴でもあるといいます。2019年版の導入部は、10年前のModern Warfareと関係しつつも独自の作品でした。緊張感のある室内制圧ミッションのClean Houseは、初代の2ミッションを組み合わせたものです。Death From Aboveの冷淡な殺戮と、All Ghillied Upの静かで慎重な移動を融合させ、リブートの方向性を決める新たなシリーズの象徴になりました。ところが2022年のModern Warfare 2は、この創造的な姿勢を引き継がず、名場面の弱いカバーに満足しました。Crew Expendable、All Ghillied Up、Death From Aboveの新版が並び、存在意義は見た目の磨き上げ程度しかなかったそうです。
2023年のModern Warfare 3には、その磨き上げすらなかったと氏は述べます。Warzoneの舞台Verdanskの断片をつなぎ合わせた、未完成に近い自由度の高いミッションの実験で、開発期間の制約から生まれたようだとのことです。『Modern Warfare 4』は序盤のミッションで、前作の未回収の要素を急いで片付け、前作がなかったかのように振る舞います。それが許されるのは、リブートの第1作と同様に、この作品が「リブートとは何か」を理解しているからだと氏は説明します。リブートは過去に敬意を払うと同時に、作り直さなければなりません。名前にふさわしい姿でありつつ、その名前がこれまで提供しなかったものを示す必要があるという考えです。
結論:今年のCall of Dutyに必要だったもの
『Modern Warfare 4』は、Modern Warfare 2を別の形で描き直した作品だと氏は結論づけます。氏自身、数週間前ならこの発想を嫌っていたはずだと述べています。Raven Softwareが手がけたBlack Ops 6は、ミッションごとにまったく違う内容で、予想外の方向へゲームプレイを広げる実験性によって、Call of Dutyのあるべき水準を引き上げたと考えているためです。
それでも『Modern Warfare 4』は、今年のCall of Dutyに必要だったものを示したと氏は述べます。シリーズの最も古典的な強みを、派手で映画的に祝う作品だということです。レーザー誘導ミサイルやEMP攻撃を備えた第二次世界大戦であり、古い着想を新しい視点で蘇らせた作品だと評しています。
氏の評価は、Modern Warfare 2の「野性的な輝き」を、別の形で味わえるというものです。