『Stranger Than Heaven』監督と主演俳優が語る、「よそ者」の物語と音楽に込めた思い
RGGスタジオの新作アクションゲーム『Stranger Than Heaven』について、約3時間の新デモをプレイした筆者が、監督の阿部寛信氏と、主人公の大東誠(Makoto Daito)を演じる城田優氏にインタビューしました。日本人とアメリカ人のハーフである主人公を通じて、自国の文化の中で「よそ者」として成長し、年を重ねる物語をどのように描いたのかが語られています。
阿部氏は海外生活を経て日本に戻り、日本語を学び直した経験があります。城田氏もミックスルーツで、そのことが俳優や音楽の道に大きく関わってきました。こうした背景が、音楽が壁を越えるという発想とともに作品に反映されています。なお、本記事は読みやすさのために編集された対談内容です。
音楽が物語の核になった理由
阿部氏によると、誠の人生は、天国だと思って逃れてきた先の日本が、そうではなかったという場面から始まります。外見や言葉、文化を理由にすぐ嫌われてしまうため、誠には人と意思疎通する手段がありません。そこで、どんな出自でも良い音楽は良い音楽として公平に扱われるという考えから、音楽が彼にとって公平に戦える唯一の場になりました。この発想がショービズの仕組みにつながり、過酷な環境を生き抜く戦略の一部として音楽が組み込まれたといいます。音楽の要素は、語りたい物語から生まれたものだそうです。
城田氏は、横山昌義氏からこのゲームの話を聞いた際、音楽が中心にあると知って強く興味を持ったと話します。25年以上、ミュージカルや歌、作曲に取り組んできた自分にとって最適な役だと感じたそうです。スペインと日本のハーフとして疎外感や異邦人のような気持ちを抱きながら、音楽に希望を見いだす役柄に、横山氏も自分に合うと考えていたといいます。
ショービズ要素は過去作の延長ではない
過去のRGG作品ではカラオケが人気でしたが、阿部氏は今回の要素を延長線上のものとは考えていません。『龍が如く』シリーズのミニゲームは、描きたい時代や街を表現するためのもので、現代の東京でできる遊びを反映していました。
本作はすべてを白紙に戻した作品です。1915年の小倉、1929年の呉を舞台に、誠が約50年の人生を通じて生き抜く手段であり、プレイヤーも長く遊び続けられるものとして、ショービズが生まれました。ヤクザ組織の始まりを描く構想もあり、史実どおりではないものの、日本の音楽産業が芸能全般と結びついてきた歴史を着想源にしています。
誠を歌い手ではなくプロモーターにしたのも意図的です。歌い手ならリズムゲームにできるため、一時はその案も検討されました。しかし調べていくと、プロモーターは宣伝から出演者の手配、会場の確保まで何でもこなす存在だとわかりました。開発チームは数百冊の本を読んで調査し、その役割をゲームに取り入れたそうです。
ミックスルーツの物語を描く意味
阿部氏は、『龍が如く』シリーズの制作中から、誰が、なぜヤクザのような組織を作るのかが気になっていたと話します。ただ、男が組織を始めるだけでは普通だと感じ、人の心に響く物語にするために、ミックスルーツの主人公という案にたどり着きました。阿部氏自身はハーフとして扱われた経験はないものの、海外生活の後に日本へ戻り、日本語が話せなかった感覚は知っているといいます。このテーマは開発チームにも響くものであり、誠の50年の歩みを語るうえで重要だったそうです。
城田氏は、キャリアの初期に日本で苦労したと振り返ります。プロデューサーと監督から「あなたのような人は貴重だが、普通ではないので、この役には起用できない」と言われ、泣きながら帰ったことが最も心が痛んだ瞬間だったそうです。今は国籍だけでなく、性的指向なども含め、さまざまな背景を持つ人が大勢います。城田氏は、今は「ありのままの自分でいい」と伝えるのにふさわしい時期だと考えており、誠が人々に勇気や活力を与え、何も証明しなくていいというメッセージになると語りました。
日本の映画やドラマでは、自分はスペインのハーフでも日本名の日本人を演じることがほとんどです。本作では日本名ながらアメリカと日本のハーフという役で、それがとても自然に感じられたといいます。今後もこうした役を演じたいとのことです。
城田氏の歌とラップ
城田氏は本作で歌も担当しています。スヌープ・ドッグが演じるオルフェウスに、誠がラップや歌を教わる場面があり、城田氏自身がオルフェウスのように演じる場面もあったそうです。スヌープ・ドッグのようにラップするのはとても難しく、収録にどれだけ時間をかけたかわからないほどでしたが、楽しい経験だったといいます。ミュージカルのように歌う場面もあり、持てる技術をすべて注ぎ込んだと話しています。
Adoの参加と豪華な出演陣
スヌープ・ドッグやトーリ・ケリーなど、出演陣は豪華です。Adoの参加について城田氏は「秘密」と答えました。阿部氏によると、物語を説明して役を依頼したところ、Adoは役を喜んで引き受けてくれたといいます。
課題になったのは、素顔を公開していないAdoをどうキャラクターとして視覚化するかでした。チームはAdo本人と所属事務所と密に連携し、本人ではないフェイスモデルを基にしながら、本人がゲーム内でどう見えたいかを確認してキャラクターモデルを作り上げました。素顔を知らない相手をフォトリアルなキャラクターにするのは、楽しくもあり難しくもあったそうです。
城田氏は収録をいつも1人でブースで行ったため、共演者との掛け合いはできなかったといいます。ディーン・フジオカ氏や新庄剛志氏とは会って本作について話せたものの、収録中はスヌープ・ドッグや、素顔を知らないAdoと話す場面を想像しながら演じる必要がありました。Adoは演技が初挑戦で、ゲームでの演技がどうなるか未知数だったと阿部氏は話します。
阿部氏は、Adoが演じるキャラクター、ケイコについて、演技が素晴らしかったと語ります。共有したいクリップがたくさんあるそうです。城田氏は、その演技の声が昭和の女性のような古典的な響きに聞こえたと話し、阿部氏も、昭和の時代の女優が使っていた演技の様式に近く、各場面に懐かしさを与えていると説明しました。
時代の空気を作り上げた調査
筆者は、本作が日本の20世紀史そのものを描く作品ではないものの、誠の歩みにとって歴史的な背景は重要だと指摘しました。阿部氏は、最も大切だったのはこの物語をどう描くかであり、それが街や場所を選ぶ基準にもなったと答えています。調査では知らなかった事実が数多く見つかり、それを正しく描くよう心がけたそうです。1915年の小倉は実際にはゲームのとおりではなかったはずだとしつつ、当時こうだったかもしれないと感じられることが重要だったと話しています。
歴史上の出来事や当時の道具だけでなく、美術の様式も調べました。当時の写真家が使っていたヴィンテージレンズやフィルム、名前も知られていない作り手が残した白黒写真の発想の源を調べ、それがゲームのカラーグレーディングやカットシーンの撮影表現に役立ったといいます。
アートディレクターの金谷大志氏は油絵の経験があり、当時の絵画を研究しました。2026年の感性で、当時の機材を使いながら、時代ごとに異なる色調を試したそうです。その場にいるような感覚をすぐに味わえるようにすることが目標でした。
城田氏は、50年という時間には、単なる時間の経過だけでなく、登場人物とその関係の変化も含まれていると語ります。街とともに人が変わっていく様子や、遠くの人と連絡する手段もテレビもなかった時代の直接的な芸能から、それが進化していく流れも見られます。誠が人として成長していく姿も含め、それらが組み合わさって美しいものになると考えており、プレイヤーにもぜひ体験してほしいと話しました。