『ウィッチャー』サプコフスキ、ゲラルトの過去と短編の可能性を語る
『ウィッチャー』の最新小説Crossroads of Ravensをめぐり、原作者アンドレイ・サプコフスキ氏が、若きゲラルトの成長や今後の前日譚、短編集の可能性について語りました。氏はゲラルトの初期時代をさらに描く余地について「空が限界です」と表現し、短編についても執筆を検討していると明かしています。英訳を担当したデイヴィッド・フレンチ氏も、原文の皮肉や言葉遊びを英語で再現する翻訳上の工夫を説明しました。
若きゲラルトを描いた前日譚
Crossroads of Ravensは、怪物退治を始めて間もない18歳のゲラルトを描く前日譚です。英語版は2025年9月に刊行され、英国ではペーパーバック版も発売されています。物語では、後年のように経験を積み、冷静に状況を判断できる人物になる前のゲラルトが、恐怖や迷いを抱えながら仕事に向き合う姿が描かれます。
サプコフスキ氏は、80歳近い作家が18歳の若者の立場に戻って執筆するのは簡単ではないとしつつ、自身の若い頃の記憶や忘れられない経験を手がかりにしたと説明しました。若いゲラルトと本編のゲラルトの違いについては、経験不足と、人生から受ける厳しい教訓が大きいとしています。未熟さを抱えた人物が障害を乗り越え、精神面と道徳面で成長していく、ファンタジー作品における典型的な通過儀礼として描いたということです。
本作でゲラルトが危機に直面してパニックに陥りながらも、瞬時に判断して行動する点について、サプコフスキ氏は意図的な人物造形だったと説明しました。ウィッチャーの突然変異は、ゲラルトをいわば超人のような存在にします。しかし、常に勝利し、決して敗北せず、何でも知っていて疑うこともない人物では、物語として面白くならないと氏は考えています。そのため、ゲラルトには誤りや不完全さを与え、ときには重大な判断ミスも犯させたとのことです。
ゲラルトを導くプレストン・ホルトについては、ファンタジー作品でよく見られる「代理の父親」や師匠にあたる存在と位置づけています。ガンダルフやダンブルドアのようなキャラクターと同系統の役割ですが、ホルトは物語上かなり欺瞞的な人物であり、ガンダルフやヴェセミルと同じ種類の師とはいえないとしています。若きゲラルトの成長を支える人物でありながら、単純に信頼できる mentor ではない点が、両者の関係を特徴づけています。
続編の前日譚と短編は実現するのか
ゲラルトの若い時代をさらに前日譚として描く可能性について、サプコフスキ氏は「空が限界です」と回答しました。具体的な計画や次の作品の内容については明かさなかったものの、初期ゲラルトの物語を広げる余地そのものは大きいと考えているようです。次に取り組んでいるプロジェクトについては、現時点では話したくないとして詳細を伏せました。
短編や短編集を再び執筆する可能性については、前向きな姿勢を示しています。氏によれば、短編は長編小説よりも簡単な形式ではありません。短編では、限られた文字数のなかで始点から終点までの直線を、無理なく論理的に組み立てなければならないためです。アイザック・アシモフのたとえを借り、短編はAからBへ向かう直線であり、長編はより広い平面のようなものだと説明しました。
サプコフスキ氏は、8000語未満の短い作品でその直線を美しく成立させられれば、作家としての力量の証明になるとも述べています。アーネスト・ヘミングウェイを例に挙げたうえで、自身も新たな短編を書くことを検討しているとしました。ゲラルトだけでなく、シリーズ内の別の人物を主人公にする可能性についても質問されていますが、具体的な対象や構想は示されていません。
物語の作り方については、まずアイデアとプロットの構造があり、怪物や登場人物、設定はそこから生まれて物語に奉仕するものだと説明しています。構想した要素が筋書きにうまく機能しなかったり、かえって物語を損なったりする場合は、いったん削除して将来のために保管するとのことです。書き手が気に入った設定を優先するのではなく、物語全体に必要かどうかを基準に取捨選択していることがうかがえます。
作品の文体と創作への向き合い方
サプコフスキ氏の文章は、現代的な言い回し、乾いた皮肉、古典的な表現が同居する独特の会話で知られています。本人は、文章を滑らかに書けることは作家に必要な条件ですが、それだけでは十分ではなく、努力と細かな作業なしに良い結果は得られないと説明しました。登場人物が丁寧な言葉遣いのまま鋭い応酬を交わすようなリズムも、自然に生まれる部分と、推敲によって作り込む部分の両方があるということです。
作品内の寓話や神話的モチーフについては、日々あらゆる面で進化しようとしていると回答しました。過去の作風をそのまま再現するのではなく、変化を続けることを目指しているとのことです。一方、どの場面が最も書くのが難しいかという質問には、これまで書いた作品のすべてが同じように難しく、同時に刺激的だったと答えています。
作家になることが生涯の最終目標だったのかという問いには、デビュー作「The Witcher」を書いたのは40歳近くになってからであり、それ以前にも多くの「最終目標」があったため、最初から作家を目指していたとは説明しにくいとしています。現在は専業作家であり、可能な限りその状態を続けたいと考えていますが、これから作家を目指す人への助言については、自分には助言する資格や能力がないとして、定型的な成功法則を示すことを避けました。
また、ゲラルトの声をゲームや映像作品の演者から想像して執筆することはないと明言しています。各キャラクターがどのように話すのかを文章そのものに反映するのが作家の基本であり、外部メディアでの音声表現は執筆にまったく影響しないとのことです。ゲームやドラマで広がった人物像を意識して原作を書くのではなく、あくまで自身の文章におけるキャラクターの声を基準にしています。
ゲーム、映像、コミック、漫画、テーブルトークRPG、さらには料理本まで、シリーズは小説以外の媒体にも広がっています。今後どのような形式でキャラクターを見たいかと尋ねられたサプコフスキ氏は、舞台作品の例としてGame of Thronesを挙げられたのに対し、ミュージカルならすでに2作品あると指摘しました。そのうえで、型破りな提案も含めて受け入れる姿勢を示しています。特定の新企画を希望しているわけではないものの、シリーズの展開形式を限定してはいません。
英訳で守られた皮肉と語感
Crossroads of Ravensの英訳を担当したデイヴィッド・フレンチ氏は、サプコフスキ氏の作品には踊るような文体、乾いたアイロニー、ユーモア、時に粗野な表現が含まれていると説明しました。中世風ファンタジーの世界観にそぐわないようにも見える現代語が登場することがあり、作中で「テロリズム」という言葉が使われた際には翻訳に迷った経験もあったとしています。
フレンチ氏の作業は、候補を考え、同義語を探し、声に出して読み、草稿と再草稿を作り、自然に聞こえるかを確かめるという反復の積み重ねです。若いゲラルトの口調については、原文の段階でサプコフスキ氏が年齢を反映させており、翻訳者はその方向性に従ったとのことです。ホルトがゲラルトの俗っぽい言葉遣いを叱る場面では、どの程度くだけた英語にするかを検討し、編集者と合意点を探りました。
ユーモアの翻訳では、乾いた皮肉だけでなく、下品な冗談やスラップスティック、トイレ humor まで含めて、原文の多様な調子を保つ必要があります。フレンチ氏は、英語で冗談が機能しているか編集者に確認することもあると説明しました。怪物名では、ポーランド語のZatrawiecを英語でcynocephalusとした箇所が特に難しかったとしています。
氏が最も守ろうとしているのは、英語版でも読者がページをめくり続けたくなる物語として成立させることです。その一方で、原文にある「言語的な気取り」も失いたくないとしています。ポーランド語版では、教養のある読者でも知らない古語や珍しい表現が使われるため、英訳でも一部の読者には聞き慣れない語をあえて採用することがあります。
翻訳作業の後、編集を経た原稿全体をサプコフスキ氏が読み、必要に応じて提案を行う体制も取られています。歴史上の人物や地名が多数登場する作品の翻訳をきっかけに始まった協力で、今回の作品やThe Last Wish、Blood of Elvesの新訳にも続いています。ただし、修正点が大量に出るわけではなく、提案は通常少数にとどまるとのことです。語源や文脈を確認した際、サプコフスキ氏から「特に意味はない、自分が作っただけだ」と返されることもあると、フレンチ氏は紹介しています。
フレンチ氏は、ゲームなどで定着したゲラルトの声を翻訳時に意識することも否定しました。翻訳者にとって関係があるのは、原文の言葉と自分の読解だけです。読者が頭のなかで想像する声は、俳優やゲームの音声によって変わり得ますが、小説の翻訳では、既存の演技に寄せるのではなく、ページ上の文章から人物の話し方を再構築していると説明しています。