← 最新記事一覧

『ファイナルファンタジーVII』の開発秘話を7つ紹介、初期案の主人公はニューヨークの刑事でした

2026年10月04日 | #ゲーム紹介 | DualShockers

『ファイナルファンタジーVII』の開発秘話を7つ紹介、初期案の主人公はニューヨークの刑事でした

1997年、PS1は1700万台以上を販売し、その年に最も売れたゲーム機となりました。躍進を支えたソフトの1つが、グランツーリスモや悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲と並んで登場した『ファイナルファンタジーVII』です。1994年から1997年にかけて行われた開発では、物語や登場人物、発売先にまつわるさまざまな経緯がありました。その中から、特に興味深い7つの話を紹介します。

7. 現実の事件が物語に与えた影響

1990年代には、現実世界で起きていた政治的な変化やテロ事件が、ゲームや映画などの創作にも影響し始めていました。『ファイナルファンタジーVII』の初期案も、より現実に近い世界を舞台に、環境テロを掲げる集団を中心に描くものでした。

1995年には、東京の地下鉄で集団が神経ガスのサリンをまき、14人が亡くなる事件が起きました。日本のテロ事件の中でも特に深刻な出来事を受け、坂口博信は暴力を美化しないよう物語を見直しました。舞台も、サイバーパンクの影響を受けた世界へと変更されました。

6. エアリスの死を際立たせる判断

ディスク1の終盤に描かれるエアリス・ゲインズブールの死は、『ファイナルファンタジーVII』を代表する場面の1つです。物語は複数のライターが分担しており、野島一成がエアリスの死を書きました。

開発中には、パーティー全員を死なせる案も検討されていました。やがて生き残る人数を3人にする案が出て、最終的にはエアリス以外の仲間は生き残る形になりました。キャラクターデザインを担当した野村哲也は、複数の仲間を死なせるとエアリスの死の意味が薄れると考えていました。彼女の死は、単に読者を驚かせるための展開ではないという意見が採用されました。

5. ニューヨークの熱血刑事ジョー

開発初期、坂口博信は次回作の内容について大きな制約を受けず、自由に構想を広げていました。初期の脚本案では、ニューヨークを舞台に、ジョーという「熱血漢」の刑事が活躍する予定でした。

アバランチや神羅に抵抗する人々は、当初の案では脇に置かれていました。物語を練るうちにジョーの存在感は薄れ、やがて構想から外れます。一方、魔女やニューヨークの刑事をめぐる要素は、後のスクウェア作品に再利用されました。魔女の設定はファイナルファンタジーVIIIの敵役イデア・クレイマーに、刑事の物語はパラサイト・イヴの土台になりました。

4. 変化を重ねた登場人物たち

開発初期は物語が定まっておらず、登場人物の設定も変化していきました。野村哲也が最初にデザインしたのはクラウドとエアリスです。2人の設定は、その後の物語の変遷にも大きく関わりました。

クラウドは当初、黒髪を後ろに流した姿で考えられていました。その髪型の特徴は、後にデザインされた最後の登場人物、ザックスへと受け継がれます。エアリスは当初セフィロスの妹として構想されており、2人の顔立ちや豊かな髪にはよく似た部分があります。兄妹という案が変更された後には恋人同士とする構想もありましたが、これも採用されず、エアリスの元恋人はザックスになりました。こうした変更が、物語の複雑な人間関係の土台になりました。

3. ソニーと任天堂の対立がもたらしたもの

ソニーと任天堂の対立を経て、ソニーはPS1を発売し、多くのサードパーティーに独占タイトルの開発を働きかけました。スクウェアも任天堂との関係が悪化した会社の1つです。『ファイナルファンタジーVII』の初期試作はスーパーファミコン向けに作られていましたが、NINTENDO 64のカートリッジ容量をめぐる意見の違いが関係に影響しました。

スクウェアは大容量のCD-ROMでゲームを作りたいと考えていましたが、任天堂は方針を変えませんでした。CD-ROMを採用したソニーのPS1に魅力を感じたスクウェアは、同作の発売先をPS1に決めます。当時の経緯について、坂口博信は友好的なものだったと振り返る一方、スクウェアのスタッフからは、任天堂に「二度と戻ってくるな」と言われたという証言もあります。いずれの説明が正しいにせよ、任天堂はその後、1990年代を代表する大作の1つを逃しました。

2. 当時としては破格の開発費

1990年代には、ゲームが物語を伝える方法も広がり、映画とゲームの表現は近づいていきました。高品質なコンピューターグラフィックス映像が増え、その制作には当時、映画業界で使われていたソフトウェアも採り入れられました。『ジュラシック・パーク』や『ターミネーター2』の制作にも使われたPowerAnimatorやSoftimage 3Dは、ゲーム開発にも使われるようになっていました。

スクウェアは『ファイナルファンタジーVII』の制作でこうした技術を活用しました。100人を超えるスタッフが参加し、開発費はピーク時に約8000万ドルに達しました。当時、最も開発費の高いゲームとなり、この額はしばらく更新されませんでした。

1. 坂口博信の母の死とライフストリーム

『ファイナルファンタジーVII』の開発をめぐっては、坂口博信の母の死が物語の方向性やエアリスの死に影響したという話が長く語られてきました。ただし、坂口の母が亡くなったのは1988年で、ファイナルファンタジーIIIの制作中です。親を亡くした経験が、後の作品に影響を残した可能性はあります。

大切な人を失っても、その人とのつながりは終わらないという物語の考え方には、坂口の喪失が直接影響しているようにも感じられます。エアリスの死を提案したのは野村哲也ですが、ライフストリームや、それをめぐる場面の大半には坂口博信が深く関わりました。死や大地への回帰、そして記憶にとどめることで亡くなった人とのつながりを保つという発想には、坂口の経験が直接、あるいは間接的に反映されていたと考えられます。